東大阪市(石切剣神社~日下あたり)探訪(08.05.02)③石切劔箭(いしきりつるぎや)神社-1・・・

石切劔箭(いしきりつるぎや)神社 式内社 東大阪市東石切町1丁目1-1(旧:神並村)
●楼門
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※堂々とした構えの楼門には、右に剣をもった尊が、左には矢を持った尊が控えています。この剣と矢は、はるか昔、天から降りてこの地を治めた神・ニギハヤヒノミコトが携えてきた神の宝といわれています。
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祭神 
饒速日尊(にぎはやひのみこと)・
可美真手命(うましまでのみこと)の御ニ柱
●境内参道・鳥居
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石切劔箭神社の名は、どんな強固な岩でも切れ、刺し貫くことの出来る、剣と箭(矢)をご神体として祀っていることによる。その縁起は明確ではないが、『延喜式』神名帳にある河内郡の小社「石切劔箭命神社2座」に比定される。
●拝殿
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社伝〔『遺書伝来記』:1536年(天文5年)〕によれば、今から約2660余年前(神武天皇2年)宮山に上之社が建てられ、崇神天皇の代(今から約2100年前)に下之社(現当社)に可美真手命(うましまでのみこと)が祀られたと伝わる。
1872年(明治5年)の『神社書上』では上之社を御親神社と記載されており、上之社の祭神は饒速日命(にぎはやのみこと)、下之社の祭神はその子可美真手命を分けて祀っていたことが判るが、現在では上之社と下之社とも祭神は饒速日命と可美真手命の2神を併せ祀っている。
●お百度参りをする人々
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 『旧事本紀』によると、饒速日命が天神の命をうけ天磐船に乗って、河内国河上哮ヶ峯(たけるがみね)に天より降り、既にこの地に勢力を拡大していた一族の長である長髄彦の妹登美夜毘売(三炊屋媛)と結婚し、可美真手命が生まれている。天皇に服従しなかった長髄彦を討ったため、神武天皇2年に天皇より神霊の剣を授けられたと伝わり、これが当社の名前の由来にもなっている。ー神社巡りーより
by barakan1 | 2008-05-09 21:59 | 旅日記
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