
●尼崎の昔の地勢
3世紀初頭からはじまる古墳時代に入ると、大和・河内の大規模古墳群をはじめ、各地で古墳がつくられるようになりました。尼崎地域でも、4世紀後半の池田山古墳、5世紀後半の御園(みその)古墳、5世紀末の伊居太(いこた)古墳をはじめ、多くの古墳があったことが確認されていますが、都市化にともなって、現在ではその多くが墳形を失っています。さきの3つをはじめ、かつては多くの古墳が市域北部の塚口周辺から伊丹市域南部にかけて集中しており、塚口古墳群と呼ばれています。

こういった古墳が集まっていた地域には、椎堂(しどう)、坂部(さかべ)、久々知(くくち)などといった、この地に住んでいた古代の氏族の名前に由来すると考えられる地名も散見されます。
■南清水古墳 尼崎市南清水6

南清水古墳は、古墳時代中期の前方後円墳で、墳形は小さな方形の壇状の突出部が作り出された珍しい帆立貝式古墳です。周辺では伊丹市御願塚古墳が典型的な例として知られています。

後円部上には現在素盞嗚神社の社殿が建立されています。
■大塚山古墳(天狗塚) 尼崎市南清水8(大塚山公園内)

大塚山古墳は、全長約45m、後円部径約24mの周囲に濠を巡らした6世紀代の前方後円墳です。昭和初期土取り作業によって破壊されましたが、木棺を埋葬した粘土槨と木炭層をもった竪穴式土壙から五鈴鏡・鉄刀・鉄鏃・馬具・工具・玉類・土器などが出土しました。

現在約二分の一に縮小して公園内に復元しています。 (尼崎市HP)より
●猪名寺廃寺址への道 (猪名野あたり)
猪名野笹原
小倉百人一首 大貳三位
有馬山 ゐなの笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
万葉集 巻7-1140
しなが鳥 猪名野を来れば有馬山 夕霧たちぬ 宿りはなくて
●猪名野交差点 ●猪名寺廃寺への道 ●杜は廃寺址