■西宮神社 兵庫県西宮市社家町一番十七号
御祭神
第一殿 えびす大神(蛭児尊) 主祭神
第二殿 天照大神
大国主大神
第三殿 須佐之男大神
●神社南門
歴史
創建時期は不明であるが、平安時代には「えびす社」として当地で既に篤く信仰されていたことが記録に残っている。
●大練壁と南門
西宮神社は、その成立において「南宮社」と呼ばれていたと言う記録がある。これは市内中部の、廣田神社を本宮と見て、その南に成立する神社と捉えることができる。西宮神社は長らく広田神社の摂社であった。廣田神社との関係から、神祇伯の白川伯王家との関係も深く、たびたびその参詣を受けていた。
●拝殿
境内末社の式内社大国主西神社は延喜式神明帳では兎原郡となっており西宮神社がある武庫郡とは一致しないが現在のえびす神は大国主であったという説もあり、明治初年には西宮神社を大国主西神社と称していた時期がある。
●拝殿・本殿
神人として人形繰りの芸能集団「傀儡師」が境内の北隣に居住しており、全国を巡回し、えびす神の人形繰りを通してその神徳を説いたことにより、えびす信仰が全国に広まった。境内に祀られる百太夫神は傀儡師の神である。中世に商業機構が発展すると、海・漁業の神としてだけでなく、商売の神としても信仰されるようになった。
江戸時代には、徳川家綱の寄進により本殿を再建し、また、全国に頒布していたえびす神の神像札の版権を幕府から得、隆盛した。
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境内摂社・末社の内
●南宮社
●大国主西神社
●百太夫神社