奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)③伝香寺~十念寺・・・

■伝香寺  (表からだけの探訪になりました)
天平宝亀2年(771年)、鑑真(がんじん)のお弟子さんである思託(したく)律師によって、開かれたといわれています。創建当時は、「実円寺」と称していたそうですが、天正13年、実円寺の跡に、泉奘大和尚によって一宇が建てられ、伝香寺となったそうです。で、この泉奘律師を中興の祖とされておられます。創建当時と同様、唐招提寺とのご縁が深いので、伝香寺は、現在も律宗のお寺です。
●東の四脚門
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中世には、大和郡山の城主であった、筒井順慶(つついじゅんけい)の母が、信仰され、筒井一族の菩提寺ともなったようです。
※本堂横の「散り椿」は、毎年3月下旬に八重で咲き、普通の椿のようにポトリと花が落ちないで、花びらが1枚ずつひらひらと散って、境内が花弁の絨毯(じゅうたん)で埋め尽くされ、散り際が潔く、その様は、若くして亡くなった順慶法印の姿にも似て、彼を弔う意を込め、別名「武士(もののふ)椿」と称するそうです。ー奈良観光より抜粋ー
●楽人長屋の門
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表の四脚門も奈良県指定文化財で、境内の「率川幼稚園」の通用門になっている南門は「楽人長屋の門」でした。

■浄土宗・十念寺
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「阿弥陀寺」の斜め向かいが「十念寺」です。元は真言宗で、1304年(嘉元2年)浄土宗に改宗して「十念寺」に成りました。境内に本堂と愛染堂、白粉地蔵堂、金比羅堂が収まり、女性に人気の白粉地蔵は願い事を叶えてもらったお返しにお化粧をし、また、海のない奈良になぜ航海安全の守護神・金比羅権現が祀られているかと云うと、昔は奈良名産の筆や、墨を全国に売り歩く行商人が、九州、四国へ海を渡って行くのに、海上の安全を金比羅さんに祈願しました。
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路地を東へ上がった所に今も「金比羅大権現」の小さな石碑が建っています。なお、この辺りを奈良市南風呂町と云い、昔元興寺のお風呂が在った所だそうです。ー奈良観光より抜粋ー
by barakan1 | 2007-05-19 19:02 | 旅日記
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