葛城市(尺土~新庄)探訪(06.07.31)③柿本神社・・・

調田坐一事尼古神社を後に、柿本神社に向かう。北道穂辺りの田圃の中車の行き交う農道?を真っ直ぐに、南下。途中で時期遅れのヒマワリ畑に遭遇。二上山とのバランスが良かったのでパチリ!
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■人麻呂の生地に鎮座する「柿本神社」   葛城市柿本162
●柿本神社(北方より望む、左建物は葛城市新庄庁舎)
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近鉄御所線「新庄駅」、直ぐ西側が「柿本神社」。女帝で第41代持統天皇、孫の第42代文武天皇の頃に活躍した万葉歌人「柿本人麻呂」は、
●柿本神社正面
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社伝によると、石見国(島根県益田市)で706年頃亡くなって遺骸を770年(宝亀元年)この地に改葬し、紀僧正が彫った秘仏「人摩呂像」を祀り、本殿は、17世紀後半に建立され、
●拝殿、36歌仙の絵馬
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本殿の脇に1681年(天和元年)大和郡山藩主・松平(藤井)信之が建てた人麻呂の墓碑があります。なお、人麻呂は石見国へ赴任する前、奈良では新庄と櫟本(いちノもと、JR桜井線・櫟本駅)にも住んでたそうです。
●本殿
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「柿本神社」拝殿の正面に大きな36歌仙の絵馬が掛かっていますが、保存が悪くかなり絵が薄れています。そして、「柿本人麻呂」をご祭神として祀られている本殿は、真っ赤な小さい春日造のお社です。また、
●柿本大夫人麻呂墓    ●万葉歌碑    ●歌塚
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境内に小さく石垣で囲まれた「柿本大夫人麻呂墓」の墓碑と共に「人麻呂歌集」から取られた「寄物陳思(きぶつちんし、物に寄せて思いを述べる)」の万葉歌碑が建ち、
西の葛城山に湧く雲を見て詠った歌
巻11-2453
春柳(はるやなぎ) 葛城山に立つ雲の立ちても居ても 妹をしぞ思ふ

●真言宗・影現(ようげん)寺
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「柿本神社」の神宮寺である「影現寺」です。空海の高弟・真済(しんぜい、京都・神護寺の僧)が、858年(天安2年)に創建し、鐘楼も在り、収蔵庫に填め込み式の首が夜に月の出る方向を向くと云われる紀僧正真済作「木造人麻呂像」が安置されています。彼を祭神とする「柿本神社」は北海道から熊本まで二百数十社在るそうです。
ー奈良観光より抜粋ー

※万葉集の柿本人痲呂の華麗なメージから、もっと華やかな神社を想像していましたが、実際は落ち着いたというよりは、すこしうらぶれたというような神社の姿でした。影現寺山門の立派さが妙に、アンバランスな感覚を受けました。
この神社には「チンポンカンポン祭」という変な名前のお祭りがあるそうです。(変な名前と思うのは私だけでしょうか!?) 一度どんな祭りか見たいものですが・・・。
by barakan1 | 2006-08-02 09:54 | 旅日記
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