南河内古墳・古社寺探訪(06.03.08)⑤高貴寺(2)・・・

■高貴寺奥の院
●金堂と講堂の間をくぐって奥へ進む。
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●後鳥羽天皇が熊野行幸の折り、立ち寄り寄進されたと言われる石造十三重塔と石造宝篋印塔があります。龍池の祠 奥の院に至る石段が続く。
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●突き当たりにバン神の祠が見える。その向こうに目指す経塚がある。 向かって左石祠の小さいほうが経塚。右は稲荷祠。
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●奥の院 御影堂 (弘法大師座像が安置されている)
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●慈雲尊者霊廟。京都阿弥陀寺で亡くなった尊者の遺体は、郡山城を経由して運ばれ、ここ高貴寺の奥の院に埋葬された。墓は五輪塔である(写真左)。
●慈雲尊者に帰依した大和郡山藩主柳沢甲斐守保光の遺髪が納められている遺髪碑。歌は『迷うべき筋こそなけれ鳥羽玉のわが髪をはらひすてつゝ 尭山』とある(写真右)
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a0016431_15523671.jpg観光化された寺院とはほど遠い。参道入口に寺の沿革を記した看板1ヶ所あるが、その他は寺内の案内図もない。来るものは拒まぬが招くこともしないといった寺の姿勢が感じられるのは、やはり『律院』という寺格のせいだろうか。奥の院の御影堂へはその存在を知っている人しか行けないだろう。


☆律院とは (戒律を厳守する寺)  ●高貴寺へ           ●平石峠へ
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『律』というのは僧侶の生活規範のことで、その『律』をもって専門的に成立している寺をどの宗旨でも律院という。寺の建築にもよけいな装飾が無く、建物の規模も小さい。観光料はとらないという点でいずれも共通している。観光ガイドなどに載ることを嫌い、俗化していない。
ー古寺巡礼ーより抜粋

●平石より高貴寺(東)方向を望む
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※変な言い方だが、品のいいサッパリした寺という印象である。たしかに、律院というのが影響しているのだろう。期待もしていなかっただけ、\(*∩.∩*)/でした。
by barakan1 | 2006-03-13 16:11 | 旅日記
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