吉野町(国栖他)~川上村(不動窟他)探訪(05.11.09)⑤井氷鹿の井戸~井光神社・・・

●武光橋                  ●右方向へズンズン入っていきます
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吉野郡・川上村井光(かわかみむらいかり)のいわれ
天皇は吉野のあたりを見たいと思われて、宇陀の穿邑(うがちのむら)から軽装の兵を連れて巡行された。吉野に着いたとき、人がいて井戸のなかからでてきた。その人は身体が光って尻尾があった。天皇は「お前は何者か」と問われた。答えて「手前は国つ神で名は井光(いひか)といいます」と。これは吉野の首部(おびと)らの先祖である。
さらに少し進むと、また尾のある人が岩をおしわけて出てきた。天皇は「お前は何者か」と問われた。「手前は石押分(いわおしわく)の子です」という。これは吉野の国栖の先祖である。川に沿って西においでになると、また梁を設けて漁をするものがあった。天皇が尋ねられると、「手前は苞苴担(にえもつ)の子です」という。これは阿太の鵜飼部の先祖である。・・・ー「日本書紀」 宇治谷 孟、現代語訳ーより
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■「井氷鹿(いひか)の井戸」登り口


「井光川」沿いの道から北側へ150m上がると、皇祖(神武天皇)巡幸の聖蹟「井氷鹿の井戸」があり薄暗い杉木立の中の窪地が「井光(いひか)神社」に祀られている井氷鹿(いひか)が姿を現した所で、窪地の前に石碑が建っています。



●井氷鹿の石碑            ●手前のの窪地が井戸跡とされる 直径30m程
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なお、井氷鹿は、神武天皇を案内して、土地神谷(とちかみだに)を過ぎて休石(やすみいし)に腰をかけた後、御船山(みふねやま)の尾根にある拝殿で波々迦(ははか)の木を燃やし鹿の骨をもって卦(け)を立てて占い、御船の滝巖上に宮柱を立て天乃羽羽矢(あまのははや、天から授かった矢)を納め、進軍の勝利を祈願しましたが、今でも8月24日天の羽羽矢納めの儀式があります。 ーいかりネットーより
長田王のパクリ(^人^)
聞くがごとまこと貴く奇(くす)しくも神さび居るかこれ井氷鹿の井
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●吉野首部祖加弥比加尼之墓
(よしののおびとかみひかねのはか)




●井氷鹿の井戸の石碑から2・30m上のほうにある「磐蔵?」「建物跡?」大きな岩がゴロゴロと散らばっています。また土台らしき石垣も所々見られます。
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■井光神社(いかりじんじゃ)
国道169号線を「吉野川」沿いに南へ行き、「武光橋」を渡って「吉野川」の対岸を右へ進み「井光川」に沿って上がると、井氷鹿(いひか)の里「もりもり館」へ至り、そこから左(南)へ500m上がった集落の中に「井光神社」が鎮座しています。
●拝殿
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祭神は、国津神の井氷鹿(古事記では井光)で、彼は神武天皇が八咫烏の案内で熊野から大台山を通って、この辺りへ来た時、「古皇(ふるつこ)」「血ノ池」「布穴(ぬのあな)」等と呼ばれる光り輝く奧ノ宮の井戸の様な大きな窪みから出現した尾のある神です。=いかりネットよりー
●本殿
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吉野町(国栖他)~川上村(不動窟他)探訪(05.11.09)⑤井氷鹿の井戸~井光神社・・・_a0016431_14424223.jpg※岩戸(いわと)の滝


残念ながら奥の宮、御船の滝は見れませんでした。あの案内板よりもう少し奥に進めばよかったようですが分りませんでした。機会を見て是非ここはもう一度訪ねたい所です。
by barakan1 | 2005-11-13 15:10 | 旅日記
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