■岩内1号墳 御坊市岩内845-1
●案内板

岩内1号墳は、7世紀中頃以降に造営された県内でも数少ない終末期古墳の一つである。発掘調査の結果、木棺に塗られた漆の破片や銀線蛭巻太刀(ギンセンヒルマキノタチ)、六花形の鉄製棺飾金具などが発見され、版築(粘土を突き固める)という技法で墳丘の盛土が造営されていることがわかった。

岩内1号墳の造りや副葬品は飛鳥の貴人を思わせる格式高い内容で
被葬者の有力な候補者として有間皇子があげられている。
有間皇子の自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首
万葉集巻02-0141
磐代の浜松が枝えを引き結びま幸(さき)くあらばまた還り見む
万葉集巻02-0142)
家にあれば笥(け)に盛る飯ひを草枕旅にしあれば椎の葉に盛る

藤白坂で斬首された皇子の側近、塩屋連[制※]魚(シオヤノムラジノコノシロ)はこの地域の出身で、塩屋連の一族が皇子の身分にふさわしい墓を造ったのではないかといわれている。

ー和歌山観光情報ーより
※
有馬皇子の墓(椿の地蔵ー藤白坂)
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