須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・

須佐神社(すさじんじゃ) 名神大社  和歌山県有田市千田字中雄山1641
祭神  素盞嗚尊
●神社全景
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14364722.jpg
境内社 (式内社調査報告)
参道脇
子安神社(湍津姫命)、金山神社(金山毘古神)、
南龍神社(徳川頼宣言)、湊川神社(楠正成)、伊太祁曽遥拝社
●社頭 (参道階段)
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14374266.jpg
拝殿前
厳島神社(市杵嶋姫命)、住吉神社(表筒男命・中筒男命・底筒男命)、
五ヶ庄神社(軻遇突智命外三柱)、琴平社(大物主命)
本殿右  東方殿 (天照大神・月読尊・手力雄神)
本殿左  西方殿(伊弉諾尊・伊弉冉尊)
●手水舎・社号標
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14383447.jpg
有田市千田(ちだ)の南部、中雄山という丘陵の中腹に南面して鎮座する。古代の紀伊国在田郡須佐郷に属すが、「須佐」の地名は『万葉集』に「あぢの住む渚沙(すさ)の入江と詠まれた「渚沙」であるとの説もある。鎮座地名に因み「千田神社」・「お千田さん」とも通称される。
●神門と境内
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14394235.jpg
『万葉集』 物に寄せて思ひを陳ぶる歌
巻11-2751
あぢの住む渚沙の入江の荒磯松(ありそまつ) 我(あ)を待つ児らはただ一人のみ
※知多半島の先端に近く伊勢湾に面した愛知県知多郡南知多町豊浜の須佐湾(現豊浜港)を指す
●鈴門                   ●五ケ庄社・稲荷社、住吉社、厳島社、神谷社
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_1442351.jpg
由緒 有田市ホームページより
社伝によると和銅6年(713)、今の神社の山頂に吉野郡西川の峯より移されたが、海上を通る船舶が帆を下ろして敬意を表しないと難破をしたので、間もなく現在の地に移したということになっています。
●鈴門と狛犬
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14461285.jpg
従って、海上安全守護の神として、又一面災難除の神として、戦前は武運長久の神、戦後は交通安全の神として信仰を集めています。もともと剣難除の神として信仰篤く、延喜式神名帳(927)には名神大社と記されており、明治4年県社になっています。
●祝詞殿拝殿                ●春日造本殿
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_1447396.jpg
豊臣秀吉の紀州ぜめの時に戦火に会い、現在では古文書は何も残っていませんが、徳川時代は紀州藩の擁護を受けており、吉宗奉納の因州住景長作の大刀(重要文化財)を社宝として保存しています。なお、神社の紋は全国でも珍しい夏桃です。毎年10月14日に行われる千田祭りには、神前に供えられた6枚の鯛を奪い合う荒々しい祭りで、鯛を手にすると一年間大漁といわれています。

須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_14581336.jpg◆本居宣長
いたけるの神のしきます
   紀国といはふかぶろの
           神の宮これ

この歌は本居宣長が寛政六年、須佐神社に詣でて詠んだ歌である。
紀の国を治めた五十猛命の親神素戔嗚尊を、お祀りしているのはこの宮であるとの意味だと石碑にも刻されている通り、当社と伊太祁曽神社は往古より深い関係があったと云われる。
●階段脇末社と神馬
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_1448496.jpg
須佐神社(2013-06-03)神社探訪④・・・_a0016431_1449374.jpg
※なかなか立派な神社です。名神大社の貫禄と言いましょうか! 神主さんがお花の用意をされていました。何か行事があるのでしょうかね!!
◆出雲市佐田町の須佐神社
★(*^_^*)★写真クリック、大きくなります。
by barakan1 | 2013-06-16 15:00
<< 国津(くにつ)神社(2013-... 立(たて)神社(2013-06... >>