紫香楽宮跡と蒲生野探訪(13.03.07)⑩阿賀神社(通称:太郎坊宮)・・・終

阿賀神社(通称:太郎坊宮) 滋賀県東近江市小脇町2247番地
●一の鳥居付近から見た神社&赤神山
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御祭神 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊
    【まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと】
    (天照皇大神の第一皇子神・天孫瓊瓊杵尊【てんそんににぎのみこと】の御父神
御神徳 勝運授福
●祈祷殿前展望台からの眺望
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太郎坊阿賀神社由緒記 (境内石碑)
当社は今から約千四百年前の創祀と伝えられている。鎮座地の赤神山(太郎坊山)は岩石が露出し、見るからに神秘的な神宿る霊山であると信じられてきた。天地万物を崇め、自然の恵みに感謝をする神道の教えの中で最も典型的なのがこの神体山信仰・磐座信仰であり、今も山上には奥ツ磐座、山麓には辺ツ磐座としての祭祀場が存在している。
●神社案内図
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人々の信仰が深く広くなるにつれ、このお山で修行をする修験者が多く現れ、その姿は太郎坊天狗として今に伝えられている。一般に当社を太郎坊さんと称する様に、天狗は御祭神の守護神となっている。
●祈祷殿
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聖徳太子も当大神の霊験が顕著である事を聞こし召し、国家の安泰と万人の幸福を祈願した。また伝教大師も当社に参籠し、灼としたご神徳に感銘し、五十有余の社坊を建立して守護された。さらにあまたの人々の信仰により、山肌に次々と社殿が創建され、社頭の益々充実してきたと思われる。こうして神道を基とした天台山嶽仏教と修験道が相交わる独特の信仰形態が確立され、庶民信仰の場として多くの参拝者を迎えるに至っている。
●本殿への参道(表坂)
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本殿前には夫婦岩と称される高さ数十メートルの二つの巨岩がある。言い伝えでは大神の神力により、巾約八十センチ長さ十二メートルにわたり、真二つに押し開かれたとされている。「この岩の間を通って参拝する者は、即座に病苦を除き諸願が成就するが、悪心ある者は岩に挟まれる。」ともいわれ、子供には悪戯をしたり嘘をついたら岩に挟まれると教え、戒めの場ともなっている。
●長楽殿・拝殿・龍神舎
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この祭神は天照皇大神の第一皇子神であらせられる。最初に天降りの命を下された程の寵愛を受け、いつも脇に抱えて大切にされた子であるという事から、当地名が小脇と名付けられたと言われている。
●二見稲荷社 稲荷社 十二神社
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ご神名から知られる様に、「吾れ勝ち負ける事が無い。なお勝つ事の速い事、日の昇るが如し。」で、殊に勝運の神として霊験あらたかであり、男子屈強の荘厳たる神を祀る現世利益・神験即現のお社である。
●「勝運石」(=夫婦岩)
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※「勝運石」(=夫婦岩)の由来 (境内看板)
昔から石に神霊がこもるという磐境信仰は我が国民信仰中顕著なるものがあり「勝運授福」御神徳あらたかな当太郎坊八神の祭神も神聖な巨岩の磐境信仰に源を発している。
我が国歌の中にも「サザレ石の磐となりて苔のむすまで」と歌われているように石には何か生命があると考えられ石は死物ではなく成長するものと信じられている。
この「勝運石」は当宮御祭神の御神徳である勝運即家運隆昌・商売繁昌・願望成就・諸難抜除・交通安全等の御神霊が秘められた神霊石であります。
  各位              社務所
●本殿                                 勝運石
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社名の阿賀はご神名の吾勝から付けられ、「特に喜び多く目出度き神を祀るお社」という意味である。赤神山の赤の同様に目出度き色である事から、「喜び多く目出度き神の座す山」という意味である。
●本殿展望台よりの眺望(船岡山方面)
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当初は太郎坊山そのものが神体山として祀られていた。神仏習合で山麓の成願寺によって祀られ、修験道色を強めるに至る。「太郎坊」という山名も修験道からきた名称と考えられる。太郎坊とは天狗の名で、京都鞍馬の次郎坊の兄にあたるという。太郎坊は「十丈許の妙石」(=夫婦岩)に住んでいたと伝えられる。(日本の神々5・白水社)
●裏坂を下る、一願成就社
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「神体山」(学生社)の著者景山春樹氏は、太郎坊宮の奥ツ磐座に対して、野口町の「阿賀神社」(太郎坊宮から西南約2kmにある、太郎坊宮と同名の神社。)が辺ツ磐座の祭祀場ではないかと推理されている。
●太郎坊宮・阿賀神社由緒記
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※感じとしては、生駒の聖天さんのような感じの神社でした。特に大きな磐座や、きつい勾配の階段が心に残りました。最後の訪問地で、疲れで少し頭がボ~としていたこともあり細かな印象は残念ながら覚えていません。今回の訪問はこれで終了です。
by barakan1 | 2013-03-24 16:02 | 旅日記
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