高槻市付近探訪2(2011.10.21)④溝咋(みぞくい)神社・・・

溝咋(みぞくい)神社    式内社  大阪府茨木市五十鈴町9-21 
●一の鳥居                   ●参道
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祭神 本殿  
溝咋耳命(ミゾクイミミノミコト) 皇后祖父
玉櫛媛命(タマクシヒメノミコト)  皇后母
相殿
媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)神武天皇の皇后
天日方奇日方命(アメノヒカタクシヒカタノミコト) 皇后兄
速素盞鳴尊(スサノオノミコト)  五十鈴媛命の祖先
天兒屋根命(アマコヤネノミコト) 藤原氏の祖
●二の鳥居
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摂社
事代主神社   事代主命 (コトシロヌシノミコト) 神武天皇皇后父(えびすさん)
          阿遇突知神 (カクツチノカミ)   火の神
          沖津彦神 (オキツヒコノカミ)    かまどの神
          沖津比賣神 (オキツヒメノカミ)   かまどの神
          弥都波能賣神(ミズバノメノカミ) 水分の神
          波通夜須毘古神(ハニヤスヒコノカミ) 陶磁器の神
          波通夜須毘賣神(ハニヤスヒメノカミ) 陶磁土の神
天照皇大神社  天照皇大神
          猿田彦神
          應神天王
保食神社    保食神(ウケモチノカミ) 食物の神
手力雄神社   手力雄神(タチカラオノカミ) 力の神
木花開耶姫神社 木花開耶姫命神(コノハナサクヤヒメノミコト) 安産子育ての神
          級長戸辺命(シナトベノミコト)     風の神
          市杵嶋姫命(イツキシマヒメノミコト)    農耕治水の神
          菅原道真公(スガワラミチザネコウ)    学問の神
●神門
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由緒
『日本書紀』によれば大和を平定した神武天皇が正妃を立てようと思い貴族の女子を探した。 ある人が奏して「事代主神が、三島溝咋耳神の女ー玉櫛姫と結婚して生まれた子を名付けて、媛蹈鞴五十鈴媛命といい、容色すぐれた女子です。」 と云う。媛蹈鞴五十鈴媛命を召して正妃とされた。と記されている。
●境内・手水舎
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『古事記』では大物主が玉櫛姫を見そめて、媛蹈鞴五十鈴媛命が生まれることになっている。
当社の祭神は『日本書紀』の神々に該当する。ここ三島地方の豪族であった溝咋一族と進出して来た葛城の鴨族との結合があり、その勢力は淀川北岸に根付いていたのであろう。
※かつては祭礼に三島鴨神社まで渡御があったという。
溝咋から水田に水を誘導する溝の側の杭とする説明や、鴨と喰いとで、稲田の中に鴨を放つ農法など諸説がある。摂津国嶋上郡の式内小社。  ー神南備にようこそーより抜粋
●境内拝殿
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◇溝咋神社は雨乞いの霊験も著しく、社伝によれば、当地が阿保親王の領地であった天長6年(829年)の旱魃では、親王より鏡を賜り、祈雨すると忽ち降雨したという。神宝の「暁の御鏡」(二神二獣鏡)がそれである。  フリー百科事典『ウィキペディア』より
●本殿
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◇※延喜式神名帳に、『摂津国嶋下郡  溝咋神社  鍬靫』とある式内社で、かつては「上宮(祭神:ヒメタタライスズヒメ)」と「下宮(祭神:ミゾクイタマクシヒメ)」に別れていたが、明治末の神社統合によって、同42年(1909)上宮が下宮に合祀され、現在に至っている。(溝咋神社上宮跡  茨木市学園町) 
●境内社   手力雄神社                   事代主神社
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※当社の主祭神ヒメタタライスズヒメの生誕について、記紀は次のように伝える(大略)。
◇古事記・神武天皇段
美人で名高い三島溝咋の娘・セヤタタラヒメが厠に入っているとき、ヒメを見染めた三輪のオオモノヌシが丹塗矢(ニヌリヤ)と化して川上より流れきて、下からヒメのホトを突いた。驚いたヒメはその矢をもって床の辺に置いていたら麗しき壮夫となった。二人の間に生まれた御子をホトタタライイススキヒメ、亦の名をヒメタタライスケヨリヒメという。
正妃となる乙女を求めていた神武天皇が、ヒメタタライススケヨリヒメが神の子であると聞いて喜び、ヒメを娶り正妃とした。
●境内社   天照皇大神社                  保食神社
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◇日本書紀・神代紀
大三輪の神の御子は賀茂君・大三輪の君またヒメタタライスズヒメである。
また曰く、コトシロヌシが八尋熊鰐と化して、三島のミゾクイヒメ亦の名・タマクシヒメの処へ通われ、御子・ヒメタタライスズヒメが生まれた。これが神武天皇の后である。
●境内社   木花開耶姫神社
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by barakan1 | 2011-11-05 16:18 | 旅日記
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