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高槻市付近探訪(2011.09.26)③阿久刀神社・・・

阿久刀神社  大阪府高槻市清福寺町23-2
●神社正面
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祭神
住吉大神
●境内より拝殿
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摂社 大将軍社「武甕槌命」、五社神社「天照大神、大産霊神ほか」、諏訪神社「建御名方命」、小島神社「市杵島姫」、五社神社「天照大神、素盞嗚尊ほか」、大将軍社「武甕槌命」
●手水舎・狛犬
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祭神については、いくつもの伝承があります。9世紀の系図集『新撰姓氏録』に登場する、養蚕機織にたずさわった調連(つきのむらじ)一族の「阿久太」という人物や、『古事記』が安寧天皇の妃とする「阿久斗比売(あくとひめ)」、物部氏に連なる豪族「阿刀連」をまつったとするもののほか、諏訪明神(すわみょうじん)や久度神(くなどしん)など、さまざまです。
●境内全景と拝殿
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いずれにしても、もともと氏神だったものが、やがて地域の人びとがこぞってお参りする村の守り神へと変化していったのでしょう。
●拝殿
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阿久刀神社は平安時代に編纂された『延喜式』(927年成立)に記載されている律令時代の式内社です。これまでの発掘調査では、縄文時代から奈良・平安時代、そして中近世へと続く人々の生活跡が発見されています。
●本殿
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なかでも、奈良時代の郡役所・嶋上郡衙(ぐんが)跡などがみつかり、一帯が古代の三島の政治・経済の中心地だったことが明らかになっています。
●境内摂社群(向かって左より)
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当時の三島を支配していたのは、大王家とのつながりの深い「三島県主(みしまのあがたぬし)」一族。このは県主一族の本拠地であり、ここに鎮座する阿久刀神社は、本来はその守り神(氏神、うじがみ)だったにちがいありません。
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ー高槻発「大王の国から」ーより引用
by barakan1 | 2011-09-30 13:10 | 旅日記

高槻市付近探訪(2011.09.26)②今城塚古墳・・・

今城塚古墳(真の継体天皇陵)  高槻市郡家新町
●改修前航空写真
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第26代 継体(けいたい)天皇
異称:男大迹尊(おおどのみこと:日本書紀)、哀本杼命(おほどのみこと:古事記)
生没年: ? ~ 継体天皇25年 42歳(古事記)、82歳(日本書紀)
①からの古墳全景
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父:  彦主人王(ひこうしのおおきみ:応神天皇5世の孫)
母:  振媛(ふるひめ:垂仁天皇7世の孫)
皇后: 手白香皇女(仁賢天皇皇女・武烈の妹)
②埴輪の祭りを再現した埴輪まつりのステージ(埴輪祭祀場)
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皇妃: 目子媛(めのこひめ)、稚子媛(わかこひめ)、広媛(ひろひめ)、麻績娘    子(おみのいらつめ)、関媛(せきひめ)、倭媛(やまとひめ)、夷媛(は    えひめ)、広媛2(ひろひめ)
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皇子皇女: 
天国排開広庭尊(あめくにおしはらきひろにわのみこと:欽明天皇:母は手白香皇女)、
勾大兄皇子(まがりのおおえ:広国排武金日尊:安閑天皇:母は目子媛)、    
檜隈高田皇子(ひのくまのたかた:武小広国排盾尊:宣化天皇:母は目子媛)、  他皇妃との間に18人
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宮:  樟葉宮(くずはのみや:大阪府枚方市楠葉)→ 筒城宮(つづきのみや:京都府京田辺市)→乙訓宮(大阪府三島郡)→ 磐余玉穂宮(いわれのたまほのみや:奈良県櫻井市)
陵墓: 三島藍野陵(みしまのあいのみささぎ:大阪府高槻市)
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継体天皇陵は現在茨城市太田にある太田茶臼山古墳に比定されている。しかし、古墳年代が450年と、継体天皇崩御533年とは大きく離れている。考古学者のほとんどが太田茶臼山古墳から東1.5キロメートルの高槻市にある、今城塚古墳を継体天皇の陵であると考えているようです。今城塚古墳の古墳年代は520年となっているからだ。
③から墳丘を見る
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史跡今城塚古墳は、三島平野のほぼ中央に位置し、淀川流域では最大級の前方後円墳です。西向きの墳丘の周囲には二重の濠がめぐり、総長約350m・総幅約340mをはかり、日本最大の家形埴輪や精緻な武人埴輪が発見されています。
④から墳丘を見る
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今城塚古墳は、531年に没した第26代継体天皇の真の陵墓と考えられ、古墳時代の大王陵としては唯一、淀川流域に築かれた古墳です。
⑤後円墳部から前方部を見る
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今後の整備・公開に向けて平成9年から確認調査を行っており、貴重な成果が得られています。なかでも平成13・14年度の調査で北側内堤からみつかった埴輪祭祀区(はにわさいしく)は、大王陵での埴輪祭祀の実態を示すものとして大きな注目を集めています。(高槻市HP)
前方部への道
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⑥前方墳丘部
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※一番楽しみにしていた今城塚古代歴史館が休館日でガックリです。続けて訪問の気力は有りませんが、いずれ時を見て再訪します。
⑦北造出(儀式の場)
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※※12005年に訪問した時の今城塚古墳ほうが、如何にも古墳!という感じがしましたが・・・。
※※2味真野にも即位前に隠れ住んだと言う伝承があり、味真野神社近くには「継体天皇御宮跡」の石碑がある。
★(*^_^*)★写真クリック、大きくなります。
by barakan1 | 2011-09-28 19:08 | 旅日記

高槻市付近探訪(2011.09.26)①コース概要

高槻市付近探訪
自宅発11:30~今城塚古墳~阿久刀神社~笠森神社~上宮天満宮~日吉神社~安満(あま)宮山古墳~磐手杜神社~自宅へ19:00着。走行80㌔。
●城塚古墳(埴輪祭祀場)
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前から考えていた、今城塚古墳(真の継体天皇陵と言われている)を訪ねるが、楽しみにしていた博物館がお休み((;_:))。何で3連休に休むんだ!!とメチャ腹がたった。私のような人が他にもいて、博物館の前をウロウロしていた。仕方が無いので、博物館は次の機会にして、整備された古墳を見学する。結論から言えば、以前尋ねた時のような感激はなかった。ただ、唯一楽しめたのは埴輪が沢山置かれていて、昔のさまを復元していた(?)のが楽しめた。
●探訪コース地図

by barakan1 | 2011-09-28 18:36 | 旅日記

泉佐野食品コンビナートでアジ釣り(2011.09.26)・・・

13時半自宅発、釣り場着15時過ぎ。コンベア前に、先客に断わり入れてもらう。先客はポツリ、ポツリと釣っているようだ。コンベア桟橋の際がポイントのようである。
●泉佐野食品コンビナート
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時間もあるし、ユックリと準備16時ころより釣り開始。久しぶりのカゴ釣りなので、思った所に仕掛けを投入できない。30分ほどするが当たりもないので、先客に習いカゴサビキに変更。投入も狙った所へ入りだしてから、初当たりが来たのが16時半。その後17時まで1匹づつ、ポロポロと釣れていたが・・・。
17時時から、群れが入ったのか2連、3連で掛かるようになる。時にはパーフェクトの6連もあったが・・・、がしかし好事魔多しの諺の通り、穂先に道糸が絡んでしまい、仕掛けが飛んでしまった。爆釣中の好機を仕掛けの取替に費やす。それも3度も飛ばし!ヽ(`Д´)ノプンプン 慌てるほどなかなかセットできなかったが、群れが大きかったのか、何とか仕掛けの変更が終わってもまだ爆釣は続き!!
結局18時まで続いた。その後は急速に釣れなくなり、ウキも見え辛くなり、納竿とした。帰宅後、数をチェックすると。アジ60匹、サバ1匹であった。サイズは10~15センチであった。前回(09-11)より、一回り大きくなっていた。次回は来月中頃にでも行くつもりである。  
by barakan1 | 2011-09-27 17:30 | 釣行日記

泉南地区探訪(2011.09.10)②男(おの)神社・・・終

男(おの)神社:男森明神  式内社 大阪府泉南市男里1065番地 
●参道入口付近
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祭神:
彦五瀬命(ひこいつせ)、神日本磐余彦命(かむやまといわれひこ)神武天皇。
相殿:熊野速玉大神、春日大神。
●境内入口一の鳥居
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所在地
南海本線尾崎駅東1.2km、男里川沿、26号線男里川信号より海へ向い左手(南)の森を目印に。参道300m程有り。
●境内参道・手水舎
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由緒
男(おの)神社は延喜式神名帳に「男神社二座」と見え、1座は当社、1座は当社北方に鎮座する摂社浜の宮(浜の天神)に比定される。
●参道石灯籠
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当社は元は浜の宮に祀られていたが、海に近く風浪に侵されるので、859年(貞観元年)現在地に社殿を建て、神武天皇を合祀したという。
●二の鳥居・拝殿
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(この浜の宮は神武天皇東征の時、流れ矢で負傷した彦五瀬命が傷の痛みに絶えかねて雄たけびしたという雄水門(おのみなと)の旧跡とされている)。
●拝殿
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●境内社
a0016431_16515684.jpg当社に対する公武の崇敬は厚く、1464年(寛正5年)には後土御門天皇の奉幣があり、文明年間(1469~87年)には足利義政が社殿を修理、1638年(寛永15年)には後水尾上皇が奉幣、1651年(慶安4年)には徳川氏が社殿を修補している。


●参道入口・二の鳥居前狛犬
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『泉州志』には当社を『男森大明神 八幡天神春日』とあり、江戸時代前期、八幡神が合祀されていたことがあり、阪南市の波太神社も八幡宮と称し、当社と本社・分社の関係にあったと伝えている。ー神社巡りーより
●神社南側を流れる男里川(左社叢男神社)
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古く呼唹郷(おのさと)と呼ばれた地である。例祭は10月10,11日で浜の宮に神輿渡御がある。準例祭は旧5月8日。境内は5千坪で参道も長く、本殿も桧流造桧皮葺で桁行4間余あり彫刻装飾も立派である。
※皇兄五瀬命の墓 「竃山墓」は、竈山神社(かまやまじんじゃ)にあり
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by barakan1 | 2011-09-14 17:02 | 旅日記

泉南地区探訪(2011.09.10)①男(おの)神社摂社 浜の宮・・・

9月10日、今年度2回目のアジ釣り。今回は併せて、沿線にある神社も探訪する。
探訪コースは、茅渟神社~浜の宮~男神社~小島漁港
※一カ所目の茅渟神社では道が細いのと、旧市街地のど真ん中のため、駐車が出来ず、ウロウロするが結局訪問を諦め、次の機会とした。
男(おの)神社摂社浜宮  男水門旧蹟  大阪府泉南市男里
●浜の宮入口鳥居
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祭神:事代主神   
由緒,伝承:「式内社」男神社2座の内、男神社の元宮である。
境内9,000平方メートル(3,000坪)松樹茂って海風に鳴っている聖蹟雄水門は即ち此地である。
●境内・狛犬
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神武天皇御東遷のみぎり、皇軍孔舎衛坂で長髄彦と御激戦した。此時、皇兄彦五瀬命が賊の流矢に中って御肱脛にきずを負はせられ「吾は日神の御子として、日に向ひて戦ふこと良はず、故れやっこが痛手をなも負ひつる。
●浜の宮社殿
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今よりはも行き廻りて日を背負ひてこそ撃ちてめ。」と仰せられた。よって皇軍は血沼の海即ち今の大阪湾を南進し紀伊に向わせられよとして紀元前3年5月8日(太陽暦6月20日)此地に御着き給うたが、彦五瀬の御傷いよいよ重らせられた。
●社殿内部
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命は御悩みの中にも剣の柄を堅く握られ「慨哉、大丈夫にして被傷於虜手、報いずして死なむや。」と雄たけび給うたよって此地を雄水門といふ。
ー全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年ーより抜粋
●神武天皇聖蹟雄水門顕彰碑
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(この海辺を「呼於(おの)の湊」と呼び、また「男(おの)の津」「男の泊」と称した。神武天皇紀に見える「雄(おの)水門(みなと)」は神武の兄五瀬命が生駒日下坂の戦いで矢傷を負い、その傷が悪化この地で”雄たけび”して亡くなったとある。この雄たけびが雄水門(男水門)の名の由来となっている。
●神社社叢
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浜宮例祭は旧暦8月14,15。10月の男神社の例祭に神輿の渡御がある。
●探訪地図

by barakan1 | 2011-09-13 13:41 | 旅日記

多奈川・小島漁港  小アジ爆釣!!\(~o~)/

●●多奈川・小島漁港  小アジ爆釣!!\(~o~)/
9月10日17時半、小島漁港到着。まだ釣れていない様子。ビックリするような人出で、釣座が確保できない。散々探した挙句、外向き堤防のうちら側に釣座設定。先に釣り始めた人はもう既にクーラー半分程釣っていた。ざっと100匹はいるだろう\(^o^)/。
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18時、今は少し食い止んでいるとの話であったが仕掛けを入れると早速ブルブルときた。まだ、エサも入れていないのに・・!! その後も2連、3連、5連とエサなしで入れ食いが続く。サイズも前回(7/25)より少し大きくなって10~12㌢前後なので連で来るとガクガクと竿がしなる、シビレルような楽しい時間だった。その後も喰いは落ちたがポロポロと釣れる。
20時ころから又入れ食いとなるが・・・。どうしてノベ竿での一本釣りガしたかったので釣座を移動(家族連れが帰ったので初めに入りたかった所へ) ★写真の場所
電気ウキをつけ、棚1~1.5ヒロで釣り開始(撒き餌はしなかったが、退屈しない程度にポツリ、ポツリと釣れる。当たりがあって、その後グ~と電気ウキが引き込まれる様子は見ていても気持ちよく、快感です(^^)。そのあとユックリ竿を立てると、結構な強さでグイグイと引きほんとうに楽しいです(*_*;
あとひと月もすれば、もっと大きくなり、本当にグイグイと引き回す釣りになるだろう。
本日釣果約100匹、セーブしました(;O;))
22時、次回に期待し、小島漁港をあとにする。
by barakan1 | 2011-09-11 12:55 | 釣行日記