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当麻町~明日香・稲淵探訪(2009.09.25)⑤明日香(稲淵)・ヒガンバナ・・・②終

■明日香(稲淵)・ヒガンバナ
案山子まつりの会場あたりです。
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by barakan1 | 2009-09-29 13:11 | 旅日記

当麻町~明日香・稲淵探訪(2009.09.25)④明日香(稲淵)・ヒガンバナ・・・①

明日香(稲淵)・ヒガンバナ
1週間ほど遅かったですが、稲淵の棚田のヒガンバナ。また今年もやって来ました。
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山部宿禰赤人
巻3-0325 
明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに
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by barakan1 | 2009-09-29 12:56 | 旅日記

当麻町~明日香・稲淵探訪(2009.09.25)③当麻山口神社~傘堂・・・

當麻山口神社(たいまやまぐち) 式内大社    奈良県葛城市當麻1081
●神社境内より拝殿を見る
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ご祭神
 本殿 天津彦々火瓊瓊杵命 (中央)
     木花開耶比売命    (左)
     大山祇命        (右)
 摂社 當麻都比古神社(二座)     (たいまつひこじんじゃ)
     本殿の左に鎮座 麻呂子皇子 (まろこのおうじ)
     本殿の左に鎮座 當麻津姫   (たいまつひめ)
●拝殿
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往古より近郷十六ヵ村(當麻・大橋・西中・勝根・今在家・染野・市場・岡村・大中・有井・神楽・築山・大谷・池田・野口・鎌田)の郷土鎮守産土大神として広く崇敬、信仰されてきた旧指定郷社です。
●拝殿
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延喜式神名帳(901年)に「人皇五十五代文徳天皇仁寿三年(八五三年)夏四月、冬十一月これを祭る」と当時すでに式内大社の官社であった事が記されています。
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また、三代実録には清和天皇の貞観元年正月二十七日(859年)に当神社に正五位を贈られ、勅使が参向して幣帛を奉納とあり、神社縁起の上からもまことに古い歴史をもつ由緒深いお社です。
●本殿
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◆摂社:當麻津比古神社の祭神麻呂子皇子は用命天皇の皇子で聖徳太子の異母弟にあたり、當麻氏の先祖とされています。當麻寺を創建したこの地の豪族當麻氏の氏神として、男女二神をお祀りしております。延喜式神名帳に式内小社と記載されています。
●二の鳥居~鬱蒼とした杉に囲まれた参道
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末社 春日若宮神社  天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)
棟札をみると、昭和三十年九月二十一日に改築竣工なって遷宮されたとある。『当麻村誌』には、この神社は往古二上山頂にご奉祀されていたのでないかと思う。
●参道                                      ~春日若宮神社
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それは中臣の寿詞に「(前略)-中臣の遠つ祖、天児屋根命、皇御孫尊の御前に仕へ奉りて、天忍雲根神を天の二上に上せ奉りて神漏伎命神漏美命の御前に申せば天の玉櫛を事依さし奉りて、この玉櫛を刺し立て、夕日より朝日の照るに至るまで、天つ詔力の太詔力言をもちて告れ(後略)」とある神であろう。だから、雨の災をのぞき、奉幣あるのはこうした因縁からであると思う。今は境内社として存置されていることを思えば、そぞろ感慨無量である。(当麻町史)ー神社ふり~くーより
傘堂(かさどう)
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「二上山」の方へ上がる山裾に「大池」があり、その手前、池の東畔に「傘堂」が建っています。江戸時代初期、飛騨の「左甚五郎」が建てたと伝えられ、1辺42cmの方柱1本の上に1辺1間(1.8m)で方形の傘が乗った様な形で、本瓦葺の頂上に瓦製の宝珠露盤を乗せ、「傘堂」に三度参拝すれば、長患いせず、下の世話にもならず、ぽっくり安楽死して、葬儀は晴天に恵まれると云われ、なお、「傘堂」の「傘阿弥陀」は「石光寺」に安置し、そして、「鐘」は葛城市當麻新在家の「明円寺」に保管され、また、「傘堂」と同じ物は天理市柳本「五智堂」にもあります。ー奈良観光ーより抜粋
by barakan1 | 2009-09-27 14:55 | 旅日記

当麻町~明日香・稲淵探訪(2009.09.25)②鳥谷口古墳・・・

■鳥谷口古墳  奈良県當麻町大字染野字鳥谷口679番地
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1辺が約7.6m,高さ約2.1mの方墳。墳丘は土を突き固め,その層を重ねてつくった版築とよばれる工法で造られている。墳丘の裾には人頭大の石が敷き詰められていたらしい。
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横口式石槨(せっかく)
二上山産出の凝灰岩で造られているが,他の古墳のものに比べて荒削りな物に見える。粗末に見える。
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石槨の開口部は南側石の東側にあり,墳丘や石槨の前面から見つかった須恵器や土師器によって,古墳が7世紀末に築造されたと推測されている。山の南斜面を利用して造られているのはこの頃造られた他の古墳にも見られ,南に開口する石室の大きさもその入り口も小さいことは,これが急ぎ造られた改葬墓の可能性もあると考えられている。
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本当の大津皇子の墓?
二上山麓にある唯一の古墳であるとともに、改葬墓であることから、この古墳こそが大津皇子の墓ではないかとされている。

大津皇子の被死(つみな)はえたまへる時、磐余(いはれ)の池の陂(つつみ)にて流涕(かなし)みよみませる御歌一首
巻3-0416 
つぬさはふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ
●発掘時石室写真
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皇子とはいえ,朝廷に対して謀反の罪で死罪となった者を山頂に葬ることが不自然ではないかという疑問はあった。1983年に土砂の採掘をしていてこの古墳が発見され,山頂の大津皇子墓の真偽が話題になった。
●古墳上からの展望
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大津皇子の屍(みかばね)を葛城(かづらき)の二上山(ふたがみやま)に移し葬(はふ)りまつれる時、大来皇女の哀傷(かなし)みてよみませる御歌
●古墳南→北、とヒガンバナ
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巻2-0166 
磯の上に生ふる馬酔木(あしび)を手(た)折らめど見すべき君がありと言はなくに

この後、明日香を訪ね高家より、遥か畝傍山の背にうっすらとした霞の懸かる二上山を遠望しました。彼の時代は今日よりももっとよく見えたはずですから、大来皇女の気持ちも分かるような気がします。また大津皇子の魂も、遥か遠く飛鳥を見渡していたのでしょか?!
●高家→畝傍・二上山を望む
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巻2-0165 
うつそみの人なるわれや明日よりは二上山を弟世(いろせ)とわが見む
※※(*^_^*)★写真クリック、大きくなります。
by barakan1 | 2009-09-26 16:04 | 旅日記

当麻町~明日香・稲淵探訪(2009.09.25)①コース概要・・・

当麻町~明日香・稲淵。久しぶりの探訪でした
本日は、9時半自宅発~当麻町鳥口山古墳~当麻山口神社~明日香(高家)~明日香(稲淵のヒガンバナ)~自宅着16時半でした。歩数11000歩。
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※時期は盛りから1週間程過ぎていたようですが、それでも大変な人出です。この連休中でしたら、見物どころではなかったのではないのでしょうか?
■探訪地図

by barakan1 | 2009-09-26 15:31 | 旅日記

長居植物園(コスモス)を見にゆきました。

久しぶりに長い公園に行きました。以前沢山あった、ホームレスの小屋も撤去されて、歩道が整備され素晴らしい森の中の遊歩道になっていました。
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※樹木はクスノキだと思うのですが、大きくて5~60年は優にたっていると思われる。
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※コスモスは2週間ばかり遅かったようです。手入れは良くされていましたが、かなり咲き終わったものも見られ、少し疎らだったのが残念です。
近くでこれだけの植物を見ることはできません、ぜひ時間があれば行ってみてください。体も、気持ちもリフレッシュすること請け合いです。
暫く探訪していません。体調のこともありますし、どうも気分が向きませんでした。ここ最近は過ごし易くなってきましたしまた、探訪を再開したいと思っています。
by barakan1 | 2009-09-18 21:34 | 花探索