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さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪⑥小野神社・小野篁神社1・・・

●天皇神社~小野神社への道
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●和邇川と和邇公園
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小野神社  式内社  滋賀県大津市小野1961
●神社二の鳥居
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祭神
米餅搗大使主命(たかねつきおおおみのみこと) 
●鳥居と参道
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古代氏族である小野氏の居住区域の中心で、我が国初の遣隋使(607年)として有名な小野妹子(おののいもこ)を初祖とする、小野氏一族ゆかりの神社です。(妹子の出生地とみられている)
●小野氏系図と神社参道
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★子孫に有名な歌人、小野小町がいます。
古今和歌集
卷2-春歌下113
花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
●三の鳥居と本殿
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祭神である米餅搗大使主命(たかねつきおおおみのみこと)は、我が国初の遣随使小野妹子の祖先といわれています。 米餅搗大使主命は、応神天皇の頃に日本で初めて餅つきをしたと伝えられ、菓子づくりの神様として崇められています。本殿前にお餅の形をした石造形物が対でおかれています。
●本殿
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小野神社は小野一族の祖であると共に餅及菓子の匠・司の始祖である第五代孝昭天皇の第一皇子天足彦国押人命と同命から数えて七代目の米餠搗大使主命の二神を祀る。
今から一千年前の延喜式の神名帖に滋賀郡大三座の内小野神社二座、名神大社(官幣大社の意)とある古社である。
●立派な狛犬です(このあたりの狛犬は相対的に立派なのが多いように思います)
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古事記によれば天足彦国押人命は孝昭天皇と尾張国の連(むらじ)の娘余曽多木比命との間にお生れになった第一皇子で春日、大宅、栗田、小野、栃木、大阪、安濃、多岐、羽栗、都怒山、伊勢、飯南、一志、近江、の国造の祖であると記されている。 又、日本書紀には大和和邇(やまとわに)の祖であるとも記されている。
大和朝廷成立以前この地において、今の大阪府、京都府、奈良県、三重県、愛知県、滋賀県の広い地域を統治されていた王族であり、諸国に多い小野の地名、氏族の発生地、祖神でもある。-『平成祭データ』-より
by barakan1 | 2008-02-29 14:00 | 旅日記

さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪⑤天皇神社・・・

●和邇・小野付近地図     ●和邇駅~神社へ(八瀬・京都への道標)
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天皇神社  大津市和邇中
●正面鳥居・参道
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社伝によれば、康保3年(966)に京都の八坂神社から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して創始したと伝えられています。
●境内左から(三の宮・??・樹下神社・(前舞殿・後天皇神社)・若宮神社・??)です。
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祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)です。
天皇神社本殿
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●この狛犬、なかなか迫力があります、立派です。
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創祀は鎌倉時代後期と考えられています。
県内に3棟(天皇神社・小野篁神社・小野道風神社の各本殿)しかない切妻造平入の本殿は、国の重要文化財で、鎌倉時代後期の建築です。
●樹下神社
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何度も改築しているようですが、蟇股の雄渾な輪郭などに創建当時の古い特徴がよく現れています。また、屋根の勾配が非常に緩く、少し後にできた小野道風神社本殿などとは趣を異にし、見比べてみるのもおもしろいものです。
●三ノ宮神社・??
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●舞殿    ・若宮神社・??
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境内には、室町時代のものと思われる石造宝塔や層塔が残っています。社殿の古めかしい屋根やおおい茂る老樹とともに、美ししい調和をなしており、神社の古い歴史を物語っています。
●境内左より((三の宮・??・樹下神社・(前舞殿・後天皇神社)・若宮神社・??)です
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ー滋賀県観光情報よりー
by barakan1 | 2008-02-27 13:13 | 旅日記

さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪④樹下神社(南比良)と天満宮(北比良)・・・

●JR比良駅から見る比良山系
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●手前の黒い森が神社の社叢です
卷7-1170
楽浪(ささなみ)の連庫山(なみくらやま)に雲ゐれば雨そ降るちふ帰り来(こ)我が背
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樹下(じゅげ)神社   滋賀郡志賀町南比良
天満宮        滋賀郡志賀町北比良
●神社正面(左樹下神社、右天満宮)
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R161に面した神社で境界もなく天満宮と隣り合っています。二社は中門を除いて殆どが双子の様にそっくりに造られています。
※入り口に立っているのは神木シイノキ(スダジイ)樹齢300年です。
●左樹下神社鳥居             ●右天満宮鳥居
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※樹下神社は大津市坂本には全国の山王山の総本山になる日吉大社があり、そこから分祀された「樹下神社」だそうです。
●境内舞殿(樹下神社側より)
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●左舞殿→本殿(樹下神社)        ●右舞殿→本殿(天満宮)
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御祭神  鴨玉依姫神   
●本殿
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●本殿(樹下神社)              ●本殿(天満宮)
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信長が比叡山の焼き討ちをした時にここへお遷ししたそうです。
神社の鳥居が双子になっているのはこの地域は南比良と北比良に分かれていて水争いがおこり、神社を二つに分けたとか。ところが狭い場所だったので鳥居を横に並べることが出来ず、少しずらして作られたのが双子に見えるいわれのようです。
天満宮は京都の北の天満宮より古いんだそうです。
●本殿と狛犬(樹下神社)
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●本殿と狛犬(天満宮)
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■樹下神社(じゅげじんじゃ)
○ 日吉大社・山王二十一社の上七社の一つ。
○祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)の妻・鴨玉依姫神(かもたまよりひめのかみ)。
○旧称「十禅師」:地蔵菩薩の垂迹(すいじやく)で法華経守護の神。
※日吉大社は全国3800余の日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮です。京都の表鬼門にあたる近江には、日吉大社とその系統の由緒ある神社が多いですね。要するに、日吉大社の摂社です。
by barakan1 | 2008-02-26 20:37 | 旅日記

さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪③比良の浦・・・

■雄松崎~比良の浦
●内湖越しに比良山系を見る
(左から、打見山、比良岳、堂満岳、武奈ヶ岳、釈迦岳) 
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※山のことはよくわかりませんので、順番等間違っているかも知れません??・・・)
●雄松崎(松林と白汀)
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●雄松崎沖の「エリ」
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近江(あふみ)の荒れたる都を過ぐる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌
巻1-0031
さざなみの志賀の大わだよどむとも昔の人にまたも逢わめやも 
※楽浪の志賀の<一本に「比良の」と言う>
●比良の浦から松の浦方向を見る
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置始東人(おきそめのあづまひと)がよめる短歌一首
卷2-0206
楽浪の志賀さざれ波しくしくに常にと君が思(し)ほえたりける
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巻11-2743
なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
●比良の浦から雄松崎方向を見る
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石川君子朝臣
卷11-2742 
志賀の海人の煙(けぶり)焼き立てて焼く塩のからき恋をも吾はするかも
●比良川と奥、雄松崎
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●港(泊り)址?
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槐本が歌一首
巻9-1715
楽浪(ささなみ)の比良山風の海吹かば釣りする海人の袖返るみゆ
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高市連黒人が覊旅(たび)の歌
巻3-0274
我が舟は比良の港に漕(こ)ぎ泊(は)てむ沖へな離(さか)りさ夜更けにけり
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by barakan1 | 2008-02-25 18:34 | 旅日記

さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪②雄松崎・・・

■雄松崎(近江舞子浜)
●正面奥、舞子港
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比良の山々を背後に、約3kmにわたって白砂青松(はくしゃせいしょう)が続く眺めは素晴らしく、古くから風光明媚(ふうこうめいび)の地として知られています。
●右森あたり、雄松崎先端
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●先日の雪が砂浜に残っています
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琵琶湖八景にも、「涼風(りょうふう)・雄松崎の白汀(はくてい)」として取り上げられています。
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※雄松崎の先端付近に万葉歌碑があるます。(後方、内湖)
(何番歌か??)
ささ波の比良の都のかり庵に尾花乱れて秋風そ吹く
by barakan1 | 2008-02-24 13:01 | 旅日記

さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面(08.02.20)探訪①コース概要・・・

■さざなみの近江舞子・比良~和邇・小野方面探訪
●雄松崎の浜辺先端に設置された「エリ」
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詠み人知らず
巻11-2743
なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ

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●探訪コース概要
8時寺田町発~近江舞子着10時~近江舞子沼(内湖)~近江舞子浜~雄松崎~比良の浦~比良の湊辺り~比良駅~和邇駅(志賀・蓬莱は飛ばす)~天皇神社~小野神社・小野篁神社~石神古墳群~小野道風神社~小野妹子神社(唐臼古墳)~小野駅着16時~寺田町着18時。 歩数25500歩でした。お疲れ様。


左地図、(ウオーク万葉)より参照
by barakan1 | 2008-02-24 11:41 | 旅日記

大津市・三井寺(園城寺)あたり(08.02.11)探訪⑬小関天満宮・・・終

a0016431_11514893.jpg小関越え
近江の国から京都に抜ける道は全部で10本あるそうですが、小関街道もその一つで、古い道標が残り,西国観音霊場札所三井寺と次の札所今熊野をつなぐ街道です。北国街道に面していたこの付近は,巡礼のための旅宿が軒を連ねていたという。東海道の大関越えに対して,小関越えと呼ばれた街道である。
■★今回は逢坂山を越えませんでしtが、名高い歌枕逢坂山は是非超えたいと思っています。
●三井観音堂から見た、近江の海
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卷10-2283 
我妹子に逢坂山の旗すすき穂には咲き出ず恋ひ渡るかも
卷13-3238 
逢坂をうち出て見れば淡海の海(み)白木綿花(しらゆふはな)に波立ち渡る

小関天満宮   (大津市小関町)
●正面鳥居                 ●本殿
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小関天満宮には,狭い敷地にギッシリとお堂や何やらが詰まった、少し窮屈な感じのお宮さんです。
●弁財天             ●巳さん             ●北向不動尊
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●白太夫社            ●舞殿              芭蕉歌碑
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江戸時代の貞享2年(1685)に,松尾芭蕉が初めて近江入りして
山路来て なにやらゆかし すみれそう
と詠んだ句碑があり,その上には,葉を手紙の代用としたという多羅葉(たらよう)の木が植えられている。
by barakan1 | 2008-02-23 12:03 | 旅日記

大津市・三井寺(園城寺)あたり(08.02.11)探訪⑫長等(ながら)神社・・・

長等神社  大津市三井寺町
a0016431_12151714.jpg祭神
建速須佐乃男大神 
大山咋大神 
宇佐若宮下照姫大神 
八幡大神 
地主大神


楼門
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社伝によると、天智天皇の近江大津宮へ遷都の際(西暦667年)、都の鎮護を目的に長等山岩倉の地に須佐之男大神を祀ったのがはじまりであり、その後、貞観二年(860)に智証大師円珍が日吉大社を勧請して合祀し園城寺の鎮守社としたと伝えられる。
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その後「神出」と呼ばれていた今の地に遷座(西暦1054年)。
※神出の名前は神社の東の方に今も残っています。
平薩摩守忠度
千載和歌集
ささなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな
拝殿
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現存する境内の建物は、まず入り口に建つ楼門(市指定文化財)は、
明治三十八年(1905)竣工で桧皮葺、入母屋造、三間一戸形式のもの。
中門
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中に入ると、入母屋造の拝殿の向こうに中門と回廊に囲まれて、桧皮葺入母屋造の本殿があり、正面五間の構造で類例の少ない社殿である。 ー神社探訪・狛犬見聞録ーより
本殿
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境内社  笠森社          ●稲荷神社          ●両御前神社 
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末社「笠森神社」は祭神は不詳、由緒も不詳。
しかし、9月中旬になると社殿近くの松(樹齢数百年が・・・今はナシ。)の頂きに、比叡山から鞍馬山へ行く途中の天狗が立ち寄ったなんていう伝説があるそうです。
by barakan1 | 2008-02-22 12:24 | 旅日記

大津市・三井寺(園城寺)あたり(08.02.11)探訪⑪琵琶湖疎水~大津馬神社・・・

琵琶湖疎水(三尾神社横のトンネル入口付近)
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大津馬神社 (三井寺町の長等神社境内)
江戸時代に人々の交通や物資の運搬手段だった馬の守り神として広く信仰された神社である。馬神神社は、かつて大流行した馬の病を鎮めるために建てられた神社である。※大津は京に入る最後の宿場であったため、昔はここで馬も身を浄めた

a0016431_11261183.jpg「大津市史」によると、当時は大津宿の中心地、東海道と北国街道の分岐する札の辻の馬会所裏の旧東町(大津で疫病が流行った時に京都吉田神社から勧請を受け収まった事)にあり、旅人のほか、馬持衆らの信仰を集めた。神社の「大津東町馬神」と書かれた腹掛けをすると疫病よけになるといわれ、東北や関東から訪れる参拝者もいたという。
by barakan1 | 2008-02-22 11:29 | 旅日記

大津市・三井寺(園城寺)あたり(08.02.11)探訪⑩三尾神社・・・

三尾神社(うさぎの神社)  大津市園城寺町246
一の鳥居                 神門
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祭神
伊弉諾尊
「寺門伝記」補録第五・三尾神社神祠、及び古説によれば三尾明神は次の如く言い伝えられている。その昔、伊弉諾尊がこの地に降りられ長等山の地主神となられた。
この神は常に三つの腰帯をつけておられ、その色は赤・白・黒その形は三つの尾をひくのに似ていたので三尾明神と名づけられた。
拝殿
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ある時、その三つの腰帯が赤尾神・白尾神・黒尾神となられ、その中で赤尾神が本神とされ、その出現は太古卯の年・卯の月・卯の日・卯の刻・卯の方よりとされる。白尾神は文武天皇の大宝年中に、黒尾神は称徳天皇の神護景雲三年(769)三月十四日(第二の卯の日)の出現とされている。
本殿
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社殿に関しては、貞観元年(859)卯の年、圓城寺の開祖である智証大師円珍が琴緒谷に復興の後、室町時代、応永年間に足利将軍が現存の本社を復興されたものである。慶長年間には、太閤秀吉が社殿の修理を加え、若干の朱印を下附せられた。
a0016431_124296.jpg本殿前武者人形?
(意味はよくわかりません。多分御本殿をお守りしているのだとおもいますが・・・))
本社が現在地に移ったのは明治九年五月十二日のことであり、明治十四年に郷社に加列され、明治二十二年には内務省古社保存資金下賜、明治四十三年に県社に昇格している。
神紋は「真向きのうさぎ」
三尾明神が太古、卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、卯の方より出現されたという言い伝えにより、昔から兎が神様のお使とされている。寺門伝記にも「当神のお使は卯を用う」とある。
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※境内に沢山の「うさぎ」がいます。
境内末社   (夷子神社・白髭神社)(天満宮)(愛宕神社・白山神社)
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坂下稲荷神社・茂稲荷神社

日御前神社
御祭神天御中主神、高御産巣日神、神産巣日神
特殊神事の「朝瓜祭」<あさうり>が、七月二十二日、二十三日に行われる。

a0016431_12103268.jpg日御前神社の例祭で天武天皇の長子、大津皇子第三の姫宮瓜生姫<うりうひめ>の御創建で、もと中保町に鎮座のところ、明治四十四年三尾神社の境内に移し、末社とした。
姫宮信仰の瑞験あらたな神霊石があり、子供の病気(夜泣き、かんむし)安産・縁結びに霊験がある。神霊石が朝瓜形をしているところから、参拝者は朝瓜に子供の名前を書いてお供えする風習があるので、朝瓜祭と称する。
ー神社ふり~くーより抜粋
by barakan1 | 2008-02-21 12:25 | 旅日記