<   2007年 11月 ( 15 )   > この月の画像一覧

和歌の浦探訪②(07.11.09)①コース概要・・・

11月9日、和歌の浦探訪(第2回)です。
水軒口より自転車を借りて回る。天気が悪く、曇っていて写真は上手く写らなかった。天気が良ければ、聖武天皇も眺めたであろう和歌の浦の美しい海岸や島々がボンヤリとしか見えず(映らず)残念であった。
※※PC不調のためアップが大変遅れました。先月の探訪です。※※
和歌の浦「不老橋」です。(テング山頂より)
a0016431_151519.jpg
コース概要。
和歌山駅~矢宮神社~玉津島神社~塩竈神社~不老橋~妹背山(観海楼)~片男波海岸(万葉碑)~妙見山(養珠寺)~和歌山駅~天王寺駅・自宅着18時。
地図
a0016431_1464325.gif

by barakan1 | 2007-11-30 15:09 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑮長田神社・・・終

■長田神社    岡山県真庭市蒜山下長田1097  
●神社まえより蒜山をみる
a0016431_13542060.jpg
祭神:事代主命,素盞嗚尊 他十四柱
●313号線より鳥居・神社社叢を見る
a0016431_1355280.jpg
真庭市蒜山(旧真庭郡八束村)にある。岡山県の最北部で、当社から3Km北上すると島根県。国道313号線から東に鳥居が見え、その先に社域の森がある。
●鳥居・神門・拝殿
a0016431_13591710.jpg
当社は、式内・長田神社の後身との伝承がある。
通説では、長田神社は現在、湯原町(今は真庭市)の二宮神社へ遷座。
●神門と中に飾られている人形
a0016431_1402185.jpg
由緒 延喜式内の古社で、貞観六年従五位上に昇叙した。美作国九宮、布施郷一の宮として古来土民の崇敬が篤く、天文年間尼子式部少輔晴久は社殿を建立寄進した。
●拝殿
a0016431_1415454.jpg
もと牛頭天王と称した。大正一一年郷社に列せられた。
●拝殿・本殿
a0016431_143557.jpg
-『全国神社名鑑』-
●境内左手には、真名井神社・姫宮神社・若宮神社と並んでおり、
a0016431_1414431.jpg
本殿後方には、意味ありげに御崎神社が祀られていた。ー玄松子の記憶ーより
◆◆◆ブログ再開◆◆◆
20日に一時復旧したPCも、その後またダウン!!どうしても復旧しません。とうとう、買い替えることを決断しました。長らく頑張ってくれたMeさん有難う。購入より、セットアップ、インターネット・メール接続、各種ソフトのインストールと拙い知識を頼りに頑張ってヤットブログ再開に漕ぎつけました。今日からまたアップします。もう、大丈夫だと思いますが???・・・???。
by barakan1 | 2007-11-29 14:07 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑭佐波良神社大杉・・・2

■佐波良の大杉
a0016431_172279.jpg
形部神社・佐波良神社境内にありますが、境内にはその他に、大杉と並んで多くの巨木がある。モミ、トチと、もう一つの大杉(2本杉)です。
a0016431_17233145.jpg
社殿に向かって左奥に佐波良大杉があるが、その社殿の前にはトチとモミの巨木が育っている。幹周りはそれぞれ、3.25m、4.30mである。
●奥・大杉、トチ、モミの木
a0016431_1729941.jpg
また、幹周3m程度のモミと杉が根元を共有している珍しい対の巨木もある。社殿左奥には2本の杉が真っ直ぐに伸びており、そのうち太い方は幹周り5.05mである。
●大杉横より社殿を見る
a0016431_1722316.jpg
このように社叢の木々は大切に保護されています。
●社殿左奥、末社群
a0016431_17255448.jpg

★★★アップ再開です!★★★
14日にブログをアップした後、PCのハードヂスクが壊れました。今日まで何も出来ず大変でしたが・・、ヤット、復活できましたので今日からまた、アップします。
by barakan1 | 2007-11-20 17:32 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑬形部神社・佐波良神社・・・1

■形部神社・佐波良神社 式内社 岡山県真庭市社字谷口大社1272
●56号線(西)より、神社遠景
a0016431_231133.jpg
●鳥居より神社を見る           ●旧参道(西)よりの遠景
a0016431_231403.jpg
祭神
形部神(神阿多津比売命)
佐波良神
●神社正面より全景
a0016431_2364134.jpg
●境内への石段      ●社号標          ●拝殿
a0016431_2383258.jpg
当社には、式内社二座が鎮座し、西方1Kmにある二宮神社には五座が鎮座。
横見神社とあわせて、この狭い山間部に八座が集中している。
●拝殿全景
a0016431_2392938.jpg

a0016431_2395762.jpg
年に三度、この八座が集まる「神集まり」「八社神行」という祭礼があるが、
その順番は、横見・久刀・長田・壱粟(大笹)・形部・佐波良・兎上。
佐波良は、神馬を出すが、一説には神輿を失ったので、神馬を立てるという。
●拝殿内部
a0016431_23104241.jpg
佐波良神社は、旧郷社で、旧県社の形部神社の相殿に祀られている。佐波良神社は、「佐原」とも書かれ、通称四宮。
●本殿(本殿の下を潜れるようになっています。このような社殿は初めてです)
a0016431_23112866.jpg
形部神社は、「刑部」とも書かれ、通称五宮とされている。両社とも和気清麻呂の祖や類族を祀ったものとする伝承がある。ー玄松子の記憶ーより
by barakan1 | 2007-11-14 23:15 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑫横見神社・・・

□二宮神社前56号線より南、社川越えに横見神社を見る
a0016431_1317598.jpg
■横見神社  式内社   岡山県真庭市社字加佐美山758  
a0016431_13175659.jpg
祭神
大山津見命
●神社本殿
a0016431_13205973.jpg
二宮神社には、式内社五座が鎮座し、東方1Kmにある刑部・佐波良神社には二座が鎮座。当社とあわせて、この狭い山間部に八座が集中している。
●本殿・狛犬
a0016431_13222576.jpg
真庭郡全域にあった式内社を、当地に遷座したという話が一般的だが、当社のみが一社独立であるのは、どういうわけだろう。興味深い。 
●本殿
a0016431_13232078.jpg
ー玄松子の記憶ー
■横見神社より、二見神社(北・56号線)側を見る
a0016431_13315786.jpg

a0016431_13253352.jpg
祭神は大山津見命であって、清和 天皇貞観六年八月十五日(八六四 年)従五位上に叙せられ、社 殿は保延四年二月(一一三八年)、 貞治五年九月、文明一一年二 月に再建、拝殿は昭和五六年 七月一三日未曾有の豪雨に襲わ れて流出し、昭和五八年十月九 日再建竣工、社格は式内村 社であった。
●本殿
a0016431_13261665.jpg
本社は社に在る刑部神社、佐 波良神社、久刀神社、菟上 神社、壱粟神社、大笹神社、 長田神社とともに八社宮と言 われ、美作にある式内十一社の内 八社がここ社に祀られている。
●鳥居・拝殿               ●鳥居越しに刑部・佐波良神社方向(東)を見る
a0016431_13273613.jpg
昭和三十二年湯原町文化財指定   -境内案内-
by barakan1 | 2007-11-13 13:34 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑪二宮(ふたみや)神社・・・

●湯原湖を左にみて313号線より、56号線(社の村への)交差点付近
a0016431_22592823.jpg

■二宮(ふたみや)神社 式内社 岡山県真庭市社字於和佐654
●社川を挟んで対岸横見神社上より、二宮神社付近の風景を見る
a0016431_2311334.jpg
●神社正面風景
a0016431_2322436.jpg
祭神
壹粟神社2座 神大市姫命 相殿 
大笹神社   大佐々神
久刀神社   久那止神
菟上神社   岐神、あるいは 弟彦王命
長田神社   事代主神
●神社鳥居と拝殿          ●拝殿後方の本殿5座
a0016431_2335940.jpg
由緒
当社には、式内社五座が鎮座し、東方1Kmにある刑部・佐波良神社には二座が鎮座。横見神社とあわせて、この狭い山間部に八座が集中している。
●本殿(西→)            ●本殿(東→)
a0016431_2351418.jpg
二宮神社の社名は、この式内社が鎮座している三か所の二番目の宮という意味。二宮神社内の五座のうち、菟上神社だけが本来当所に鎮座していたという。当社五座に関する由緒の詳細は不明。
●本殿(左(西)から拝殿の後ろへまわると、四つの社殿があり)
長田神社、  菟上神社、  壹粟神社・大笹神社、  久刀神社
a0016431_239186.jpg
の順に並んでいる。 ー玄松子の記憶ー
a0016431_23121188.jpg●莵上神社のさらに右側にはたくさんの境内社がまとめて祭られています。

下兎上神社・上兎上神社・谷奥神社・公文神・谷奥大神・大神峪大神  
荒神社・愛宕社
by barakan1 | 2007-11-12 23:20 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑩猿神社・・・

■猿神社 津山市一宮695 
●中山神社摂社で神社後方100mの断崖に鎮座する
a0016431_17312536.jpg
祭神:猿田彦神
当神社の後方の山の岩肌に末社の猿神社が祀られています。この小さな社は平安時代の説話集今昔物語26巻に登場する中山の猿の霊を祀るとされ、現在は猿田彦神として祀られています。
●神社と猿の人形が奉納されている祠?がある
a0016431_17315035.jpg
牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今も縫いぐるみの小猿を奉納する風習が残っています。
●猿神社鳥居(中山神社後方)
a0016431_17352346.jpg
美作の国の猿神退治
今は昔、美作の国の中参という神社(中山神社)があってご神体は生きた猿神様。毎年の例大祭に未婚の娘を生け贄に出す風習が長年続いていて当事者の親娘らは嘆き悲しんでいた。これを知った東国の猟師が生け贄の娘に代わって決死の計略により猿神に生け贄の風習を止めさせ、平穏な世になったという説話。
●神社への参道
a0016431_17362955.jpg

a0016431_1737510.jpg
※神社の鎮座する崖の反対の山は、やはり台風の被害で木が倒れ、無くなっている為か、ガンガンに陽が射していました。
by barakan1 | 2007-11-11 17:43 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑨作楽神社(院庄館跡)・・・

■作楽(さくら)神社 (院庄館跡)  岡山県津山市神戸(じんご)433
a0016431_13312062.jpg
主祭神 :後醍醐天皇 児島高徳
●参道
a0016431_13342661.jpg
神社鎮座地は、鎌倉時代から室町時代にかけて美作国守護の館(「院庄館」)があったです。
●二の鳥居から拝殿を見る
a0016431_13363375.jpg
作楽神社は、後醍醐天皇(1288~1339)が1331年の元弘の乱によって隠岐へ流された途中に宿泊した行在所跡とされています。天皇宿泊の夜、厳しい警護のすきを突いて館に侵入した児島高徳が、庭の桜の幹に「十字の詩」をしたためて傷心の天皇を励ましたという「太平記」に記された逸話は有名です。
●社殿を西→、東→から見る
a0016431_13383132.jpg
貞享5年(1688)、津山藩家老・長尾勝明が桜樹のあったところに碑を建て、明治2年(1869)に津山藩主・松平慶倫が作楽神社を創設しました。
●東門を仰ぐ、児島高徳
a0016431_13332635.jpg
児島高徳がしたためた十字の詩は「天莫空勾践時非無笵蠡」。
天勾践をむなしゅうするなかれ、時に笵蠡なきにしもあらず
越(春秋時代の中国の国のひとつ)の王・勾践の故事に因んで、いつか勾践を救った笵蠡のように天皇を救うという志を伝えたものといわれています。備前・児島(現・倉敷市児島一帯)を本拠にしていたとされる児島高徳ですが、「太平 記」では断片的に11カ所に登場するもののその他の史料にはその名はありません。
●本殿(西から、東から)
a0016431_1341418.jpg
内海水運の拠点であった児島を基地に、流通経済に携わる商人的な人物、また当時の幕府や荘園 領主から「悪党」と呼ばれた体制に反抗的な武力集団の長など、様々な推測がなされるも のの、その正体は謎に包まれています。
ーwww.renkeijiku.net/roman/html/roman/okayama/oka_s04.htmlーより
※中国の春秋時代、呉の王匂践(こうせん)は越の王夫差(ふさ)に敗れ捕らえられますが、後に部下の范蠡(はんれい)の助けによって越を打ち破るという故事。

●史跡 院庄館跡
院庄館跡は、鎌倉時代から室町時代にかけての美作守護職の居館跡と推定される遺跡です。ここはまた「太平記」に登場する後醍醐天皇と児島高徳の伝承の地としても有名であり、明治2年には館跡の中央部に作楽神社が創設されました。
●土塁跡
a0016431_13324872.jpg
現在、館跡の東・西・北の三方には、幸いにも延長約500メートルにわたる土塁が残っており、往時をしのばせています。ー 津山市教育委員会ー抜粋
by barakan1 | 2007-11-10 13:45 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑧中山神社・・・2

■中山神社・祭神について
●社殿(北西丘陵裾より)
a0016431_1533465.jpg
◇主神についての説は多数存する。 最も有力なのが鏡作尊とする 『中山神社縁由』 説で、類似の説に石凝姥神・天糠戸命・天鏡命・金山彦命とする説もある。 産鉄・製鉄の神として崇敬せられたところから生じた説であろう。
◇また『延喜式頭注』等は大己貴神とする説をとなえている。 しかし、社伝では大己貴神は中山大神に宮地を譲られ、自らは境内の祝木(イボキ)神社あるいは國司(クニス)神社に退かれたという。 『諸国神名帳』は中山祇神としている。 
◇また『作陽誌』は吉備武彦命説をあげ、『大日本史』や『神祇志料』では吉備津彦命説をあげている。 美作国分立と共に吉備国の守護神たる吉備津神社の分霊を勧請したとする推測が正しければこの説が妥当ということになる。
●本殿(華麗な彫刻が施されている)・拝殿
a0016431_15355821.jpg
◇今昔物語集や宇治拾遺物語には中山神社の祭神は猿神であるとの説話を所載している。 鉄の神としての本社の御神徳は、砂鉄の採取や製鉄のための木材を求めて山に入る人々によって信仰されたところから、山神ともなり猿神と考えられたのか、本殿の裏50mほどのところに猿神社が祀られている。
◇相殿神は大己貴神と瓊々杵尊とする説が有力である。 古代の美作は背後の出雲の勢力がおよぶと共に、津山盆地が湖だったこともあって、出雲勢力の象徴である大己貴神と海人族が伝えたと思われる日向神話の代表的な神である瓊々杵命を相殿神として配祀したことは自然であろう。
●社殿正面(上段)   ●社殿東南側より(下段)
a0016431_15385061.jpg
◇このほかに本社にはもと百十二もの攝末社が存したが、その大多数は尼子晴久の攻略によって焼失し、今日では境内に五社が鎮座されるのみである。
●神楽殿・惣神殿(右奥はきれいに丸禿げ山となっている)
a0016431_15404135.jpg

a0016431_1544191.jpg◆左台風以前の参道の木々
◆右平成19年10月現在の参道の様子
台風被害
平成16年(2004)10月の台風23号の被害で、参道、境内の杉並木は根こそぎ倒れたそうです。鬱蒼とした杜は失われ、以前の姿に帰るのには100年はかかるでしょう。
◇國司神社は中山神がこの地に遷り来られる以前に鎮座されていた大己貴神が祀られており、御先神社は稲荷神が祀られている。 猿神社は猿多彦神といい、本社では安産神として崇敬されている。今昔物語集にいう「中山は猿神」というのはこの神のことかも知れない。
ー(www.mitene.or.jp/~hayamine/index.html?51)ーより抜粋
■境内社
●天神社     ●御崎神社    ●国司神社     ●惣神殿
a0016431_15484682.jpg

by barakan1 | 2007-11-08 15:59 | 旅日記

美作国の神社探訪(07.10.22~24)⑦中山神社・・・1

■中山神社  式内社 津山市一宮695
●社殿
a0016431_2142994.jpg
主祭神   鏡作神 (鏡作部の祖神石凝姥神の神業を称えた御名)
相殿神   石凝姥神 (天孫降臨の五部神 八咫鏡を造りませる神)
        天糠戸神 (石凝姥神の父神)
●鳥居(中山式)
a0016431_2152850.jpg
美作国の一の宮として高い社格と農耕の神 牛馬の守護神として広く人々の信仰をあつめてきた 中山神社は、鏡作命を祭神として、慶雲四年(七〇 七年)創建され、その後戦国時代の天文二年(一五三三年) 尼子氏の美作攻略のとき兵火により焼失したが、永禄 二年(一五五九年)尼子晴久によって再興された。
●参道・狛犬
a0016431_2161324.jpg
その構造は室町末期のもので、安土桃山時代への過渡 期の特徴を具有し、単層入母屋妻入り造り、桧皮葺 きの本殿は中山造りと呼ばれ、他地方には例を見ず、 大正三年(一九一四年)国の重要文化財に指定され、美作一 円の神社建築の手本となっている。
●表神門、神門から拝殿を見る
a0016431_2165398.jpg
広い境内の神社正面入口の鳥居は寛政三年(一七九一年) の建設であり、角貫に木鼻がなく笠木と島木にそりを もたせて壮大美を強調してあり他地方には例をみない中 山鳥居として一形式をつくっている。参道を歩み御手洗 川の石橋を渡れば津山城の大手二の丸にあった四足門を 移した(一八三四年)表神門、本殿庭には寛文八年(一六六 八年)津山藩森忠継奉納による燈籠二基がある。
●本殿(中山造りといわれる、単層入母屋妻入り造りで神社造りの一形式だそうです)
a0016431_2182444.jpg

a0016431_21225360.jpg更に中山鳥居の南道路べりにある「祝木のケヤキ」 (市指定文化財)は樹令八〇〇年と推定され広い洞内には 「祝木の神」大国主命をまつった小祠があり、目通り 八・三〇米、樹高一〇・五米は県下一の巨樹である。 その他中門前の右手には推定樹令五〇〇年というセ ンダンの幹に、ヤマザクラ他各種多様な植物が着 生し、さながら植物の見本市を催しているなど、 植物・鳥類・昆虫の宝庫である。 -境内案内-
●拝殿・本殿を見る
a0016431_219716.jpg
※鶴山八幡神社、総社宮、高野神社いずれも中山造りの壮重な社殿です。この地域には立派な神社(社殿)が多いようだ。
by barakan1 | 2007-11-07 21:17 | 旅日記