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奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑫瑜伽神社(ゆうがじんじゃ)・・・終

■瑜伽神社(ゆうがじんじゃ)   奈良市高畑町
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御祭神宇伽之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)
沿革
上古飛鳥神奈備に飛鳥京の鎮守として齋き奉っていたのを、平城遷都と共に此地に遷し祀って現在に及んでおります。それでこの辺りを奈良の飛鳥といいます。もと元興寺の鬼門除けの鎮守として崇められ更にその守護神として藤原氏等の厚い崇敬がありました。
●鳥居・参道
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御事暦
別名を豊受大神とも申し伊勢の外宮に鎮まり座す大神と御同神で在らせられます。即ち一粒の種から万倍の豊穣をもたらすように小を大に導き無から有を生んで下さる広大無辺の御神徳をおもちの大神で、それ故縁結び、子孫繁栄商売繁昌等福徳を招来して人間生活の一切を倖せにして下さっています。
●本殿・飛鳥神並社
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--境内案内板より--
★※先日、元興寺で載せた坂上郎女の歌碑はここにあります。
大伴坂上郎女が元興寺の里を詠める歌一首
巻6-0992 
古郷の飛鳥はあれど青丹よし奈良の明日香を見らくしよしも
by barakan1 | 2007-05-31 12:23 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑪天神社(奈良町)・・・

■天神社(奈良町)  奈良市高畑町
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御祭神少彦名命(すくなひこなのみこと)
菅原道真(すがわらみちざね)
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天神社略縁起
当神社の境内地を含むこの丘陵一体は、平城京がわが国の首都であった八世紀、平城の飛鳥とよばれた聖地でありました。ここにまず祀られたのが国つ神の中心の一柱である少彦名命で、手間天神とよばれ医薬や学問の神としてあがめられました。
●境内
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平安時代になって、奈良の菅原の地を出自とする菅原道真の名声が高まり、道真の霊を祀る天満宮が各地に奉祭されるのにともなって、ここの神域にも相殿が建てられて御霊信仰の主神であり、学問勉学の神でもある菅原道真公の霊(天満天神)が併せ祀られることになりました。
●本殿
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社伝によると平安時代の白河天皇の時であるということです。
その後、元興寺禅定院あるいは興福寺大乗院の鎮守となり、近世には奈良奉行や近郷の信仰を集めて現在に到りました。  天神社社務所
by barakan1 | 2007-05-30 09:33 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑩史跡頭塔(ずとう)・・・

■国指定史跡 頭塔(ずとう)   奈良市高畑町921
●頭塔入口                 ●遠景
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頭塔は古くから奈良時代の傑僧玄昉の頭を葬った首塚であるとの伝えがあるが、神護景雲元年(767年)良弁僧正の命により東大寺僧実忠が造営した土塔であることが明らかになっている。
●全景(パンフレットより)         ●東より
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外見は森であるが、本来方形32mの四角錐台で、7段に築かれた仏塔である。各段の四方には現在27基の石仏が残っている。石仏の高さ61~111cmそれぞれ浮彫り、線彫りなどで如来三尊や侍者等をあらわした一群は変化に富んでいる。
●北西より
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●北東より
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奈良時代の彫刻として価値の高いこれらの石仏のうち、当時確認できた13基は昭和52年6月11日重要文化財に指定された。
●祀られている線刻仏の一部
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平成12年3月       奈良市教育委員会
●発掘調査写真(頭塔保存顕彰会パンフレットより)
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頭塔は、方形基壇の上に方形七段の階段状土壇を築き、第一・三・五・七の奇数層 四面に各11基ずつ総数44基の石仏が整然と配置されていた。現在までに44基のうち28基が確認され、25基の表面には浮彫や線彫で仏菩薩像が表されている。
●頭塔復元案(説明板より)
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頭塔石仏は、数少ない奈良時代の石仏としてきわめて貴重な遺例である(現地説明板)
★※史跡頭塔はマイナーです(殆ど知られていません)が、チョット特殊な仏塔です。あまり他には例を見ません。奈良を訪れたら、一度見学されたらどうでしょうか。違った意味で、大仏と同じくらい心に残ると思いますよ!!
私は見るまでは、五重塔塔の上部分か、何かが残って、地上に露出しているのかな!と想像していました。全く違って!!土壇で七段も積み上げられた仏塔だったので驚きと供に、よく残ったなぁ~と感激しました。
by barakan1 | 2007-05-29 18:28 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑨福智院 ・・・

■福智院      奈良市福智院町46 
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外観はこの辺りの寺院に見かけない建造物で、重層に見えるが、実は一重、裳階(もこし)付き、国重文です。717年(養老元年)吉備真備らと入唐して、法相宗を学んで帰国した玄昉(げんぼう)が、736年(天平8年)狭川村福地に開いた清水寺(しみずじ)が始まりで、1254年(建長6年)興福寺の実信が再興して福智院と名付け、後に叡尊が再興したのが現在の堂宇で、十輪院と共に地蔵信仰の中心として栄え、室町時代は興福寺に属して大乗院関係の菩提所でした。その後、一時衰退していたが、近年多くの参詣者が有ります。
●本堂                        ●本尊「地蔵大仏」
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「福智院」の本尊は「地蔵大仏」と云われ、桧材、寄木造、丈六(座高273cm)の大きな「地蔵菩薩座像」で、千仏光背と本尊の地蔵の総数は、釈迦入滅から弥勒菩薩が如来になるまで56億7千万年、地蔵菩薩が現世と来世を往き来するのに因み、567体あり、製作年代は、像内銘から1203年(建仁3年)の造立です。ー奈良観光より抜粋ー
by barakan1 | 2007-05-27 18:08 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑧-2元興寺(がんごうじ)・・・

■元興寺(がんごうじ)五重塔模型・石仏等
●境内模型                     ●五重塔模型
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中世以来庶民の信仰を集め、境内から無数の石仏と民俗資料が発見されています。
                         ●講堂礎石      ●石仏
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収蔵庫には奈良時代の木造五重小塔〔国宝〕木造阿弥陀如来坐像・智光曼陀羅図・庶民信仰資料〔各重文〕などが多数保存されています。



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大伴坂上郎女が元興寺の里を詠める歌一首
巻6-0992 
古郷の飛鳥はあれど青丹よし奈良の明日香を見らくしよしも
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by barakan1 | 2007-05-26 16:19 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑧元興寺(がんごうじ)①・・・

■元興寺(がんごうじ)  奈良市中院町11
●元興寺前入口(奥東門)
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●東門                    ●北門
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前身は6世紀末(593)蘇我馬子によって開かれた法興寺(飛鳥寺)でしたが、和銅3年(710年)平城遷都に伴い今の地に移転され名も元興寺と改められました。
●極楽坊(東より)
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●極楽坊内
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かつては南都七大寺の一つとして威勢を振い、現在の奈良市街の南東部を占めていました。広大な寺域には、金堂・講堂・塔・僧房などが立ち並んでいましたが、平安時代半ば、その勢威も衰えてしまいました。
●極楽堂と禅室
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現在では僧坊の一画が唯一現存しています。極楽坊はかつての元興寺僧坊の一部で、鎌倉時代に極楽堂〔国宝〕と禅室〔国宝〕に改築されたました。中世以来庶民の信仰を集め、境内から無数の石仏と民俗資料が発見されています。
●千塔堂跡より(禅室と極楽堂)
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●飛鳥・法興寺の瓦(カラフルな瓦がそれだそうです)
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元興寺 「極楽堂・禅室」は行基葺(ぎょうぎぶき)屋根ですが、この行基葺の瓦の中には飛鳥時代創建の「法興寺」の屋根に載せていた瓦、
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すなわち、1400年も遠い昔に作られた瓦が、飛鳥から運ばれて、この極楽堂・禅室」の屋音瓦として混じっていると言われております。色のついた瓦がそううらしいです。歴史を背負った古い屋根瓦とはロマンのある話ですね。
★★万葉歌碑
十年(ととせといふとし)戊寅(つちのえとら)、
元興寺(ぐわむこうじ)の僧(ほうし)が自ら嘆く歌一首
巻6-1018 
白珠は人に知らえず知らずともよし知らずとも吾(あれ)し知れらば知らずともよし
by barakan1 | 2007-05-25 16:59 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑦十輪院(じゅうりんいん)・・・

■十輪院(じゅうりんいん)  奈良市十輪院町27
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もともとは大寺院だった元興寺の別院で、寺伝によると当山は元正天皇(715‐724)の勅願寺で、元興寺の一子院といわれ、また、朝野魚養(あさぬなかい)が開いたとされる。魚養は書道と医術に優れていたとされる人物で、右大臣吉備真備(きびのまきび)の子といわれているが、その出生は謎めいている。
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魚養は遣唐使として唐に渡った真備と唐の女の間に生まれたが、真備の帰国の際につれて帰ってもらえなかった。そのため女が怒って「この子は真備の子」と書いた紙をつけて赤ん坊を海に流すと、大きな魚がやってきて、その背にのせて難波の港に送り届けられた。
そのため、「魚が養った子」で魚養と名づけられたという伝説をもつ人物だ。
●不動明王  ●合掌観音           ●愛染蔓茶羅
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※院の本尊は石仏で、大きな花崗岩の中央に地蔵菩薩、左に釈迦如来、右に弥勒菩薩が彫られ、厨子も一体となった石仏龕(がん)となっています。ーK's PLAZA(キッズプラザ)ーより
●春日大明神・伊勢大明神     ●石仏     ●十三重石塔
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a0016431_164453100.jpg蓮池

□水原秋桜子は

優曇華や石龕きよく立つ仏

龍王石をがむや雨の燕子花(かきつばた)
by barakan1 | 2007-05-24 16:49 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑥奈良町~薬師堂町・ 御霊神社・・・

■奈良町
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■御霊神社   奈良市薬師堂町
薬師堂町の真ん中に位置し、朱色の鮮やかな鳥居を構え、社も形の美しい神社です。なお、入口左右の台座にお座りしている狛犬の前足に結ばれている紙縒状の紙紐は、町内のお子さんが神隠しにあって、連れ去られ、行方不明にならない様にする為のお呪(まじな)いです。
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a0016431_1219470.jpg御祭神
井上皇后と息子の他戸皇太子(おさべのみこ)、
事代主命 (通称えびす様)
東神殿に早良親王と藤原大夫人、藤原廣嗣、
西神殿に文室宮田麻、伊豫親王、橘逸勢
●境内全景
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が祀られています。えびす様を除くと、総勢8神が祀られているので、八所御霊神と云い、京都の本社を始め各地に祀られていますが、昔は疫病が流行ると、奈良では上街道、中街道、下街道にそれぞれ神輿を据え、疫病神が町内に入り込んで来るのを防いだそうです。また、本殿の右横に巨石が建っており、怨霊とは余り関係がない恵比須大黒像が彫られています。その他、境内に秀吉創立の「出世稲荷神社」も座しています。ー奈良観光より抜粋ー
●拝殿・本殿
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※この御霊神社は、本殿には井上皇后とその息子の他戸親王(おさべのみこ)が祭られている。井上内親王は、宝亀元年(770)に光仁天皇の皇后となったが、翌年に幽閉され失意のうちに亡くなった。その後、平安時代初期にかけて天皇の側近が続けて亡くなったうえに、疫病まで流行したため、怨霊を鎮めるために建立され、不遇の死を遂げた様々な人々の霊を祭っている。
by barakan1 | 2007-05-22 12:21 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)⑤庚申堂(こうしんどう)~元興寺小塔院跡・・・ 

■庚申堂(こうしんどう)  奈良市西新屋町
●奈良町
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堂内の中央に木造彩色の青面金剛立像が安置されて、毎年3月の第2日曜日と、11月23日(祝)「勤労感謝の日」に講の人達によって「庚申祭」が行われ、参拝者の方に大根とこんにゃくの田楽がふるまわれています。
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なお、軒下の提灯の後ろにぶら下がっている三日月形ぬいぐるみは庚申信仰の「身代わり猿」で、日頃人の体の中にいる悪玉の「三戸ノ虫」が、庚申ノ日に抜け出して、天を支配する玉皇大帝(北極星)に告げ口をしますが、悪事がばれても「身代わり猿」が人に代わって玉皇大帝の怒りを全部受けて呉れます。
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ー奈良観光より抜粋ー

■国史跡「元興寺小塔院跡」
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庚申堂前の道を南に少し行くと、写真の様な小さな門が在り、門を入った辻の奥に二間四面の「虚空蔵堂」が見え、ここは元興寺の一院で、称徳女帝の百万塔を収めた所と云われ、また、境内に奈良時代から平安時代の初期にかけて活躍した護命の供養塔が在るので、護命ゆかりの寺院跡とも云われているいます。
●虚空蔵堂                    ●境内一部
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1451年(宝徳3年)の土一揆で殆どの建物が焼失し、現在は江戸時代に建立された「虚空蔵堂」1つが本堂でも有り、昭和40年境内一円が国史跡に指定されました。ー奈良観光より抜粋ー
※整備に手が回らないのでしょうか、荒れ果てたままです。せめてゴミらしきものは清掃して欲しいものです。
by barakan1 | 2007-05-21 15:25 | 旅日記

奈良市内(奈良町)探訪②(07.05.17)④鎮宅霊符(ちんたくれいふ)神社・・・

■鎮宅霊符(ちんたくれいふ)神社  奈良市陰陽(いんよう)町
●鎮宅霊符神社のある陰陽町は、元興寺の西大門(高御門)門前通りだったそうです。
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祭神
最初に高天原に現れた天之御中主神(あめのみなかぬしノかみ)、
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不動の天帝、北極星の心霊と見なされ、宇宙創造神、また神仏習合説妙見信仰の神で、天下泰平、国家安穏、五穀豊穣、災禍を除き福運を呼び、家屋敷の安全を守る神です。
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疫病退散を祈って、1117年(永久5年)に創建され、この辺りは陰陽師が住んでいたので「陰陽(いんよう)町」と呼ばれ、江戸時代中期には十数軒あった陰陽師の幸徳井(賀茂)家が、占いや祈祷を業として各地を巡り、鎮宅霊符や奈良暦などを配布しました。ー奈良観光より抜粋ー
●拝殿・本殿
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●本殿の後方(北側)の社(?)に1枚の文字を書いた紙がありました。
「北辰鎮宅霊符尊星抱卦童子爾卦童郎本命主宰九宮尊星」
by barakan1 | 2007-05-20 21:52 | 旅日記