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市尾墓山・琴弾原・宮山古墳探訪(05.07.30)②市尾墓山~宮塚古墳・・・

a0016431_15164644.jpg●今日のスタート地市尾駅前








■市尾墓山(いちおはかやま)古墳
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「市尾官司塚(いちおかんすづか)」とも呼ばれ、全長65mの前方後円墳で、前方部幅49m、後円部径39m、高さ10m、前方部と後円部の境に造り出しを設け、幅約8mの周濠と外堤の跡もあり、玄室内には長さ2.7mで県下最大の刳抜式(くりぬきしき)家形石棺が安置され、南に開口する横穴式石室をもち、北にも小規模な羨道があり、玉、刀、馬具、須恵器、土師器等が出土しています。ー奈良観光よりー
●整備中の石室               ●鍵が掛かり、中がハッキリ見えない
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●古墳上から周囲を見る
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■市尾宮塚(いちおみやづか)古墳
市尾墓山古墳から県道120号線を西へ向かうと、県道の右に独立丘陵が迫り、丘上に「天満(てんま)神社」が鎮座していますが、県道から緩やかな石段を上がって、
●天神社参道石段                  ●神木
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●参道                     ●拝殿
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●本殿
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拝殿の前から右(北)の脇道へ入ると直ぐ、「市尾宮塚古墳」があります。全長44mの前方後円墳で、後円部には全長11mの横穴式石室が北向きに開口し、錠がされた格子に近づくと、感知して自動的に玄室内にライトが点き、玄室内に安置された凝灰岩の刳抜式家形石棺が良く見えますが、石棺はかなり破壊されています。ー奈良観光よりー
●宮塚古墳
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■今住あたり
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●歴史を感じさせる民家
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●厳島弁才天
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by barakan1 | 2005-07-31 15:41 | 旅日記

市尾墓山・琴弾原・宮山古墳探訪(05.07.30)①コース概要・・・

a0016431_21192159.jpg●中原谷付近で見たコスモス

■今日は市尾墓山・琴弾原・宮山古墳探訪してきました。
コース概要。近鉄アベノ橋9時~市尾駅10時~市尾墓山古墳~天神社・宮塚古墳~厳島弁財天~(ここらで半時間ほど道に迷う)~掖上鑵子塚(わきがみかんすづか)古墳~日本武尊琴弾原白鳥陵~巨勢山古墳群~八幡神社・宮山古墳~ネコ塚古墳~宮戸橋バス停~御所15時~アベノ橋4時着。
天気も曇りで暑さも少しましであった。珍しく今日は道を迷い山の中に迷い込んでしまった。あまり歌にも詠われていないところなので少し淋しいきもしますが・・・。
by barakan1 | 2005-07-30 21:24 | 旅日記

清く!正しく!美しく!

a0016431_1929693.jpg●飛鳥川堤より二上山遠望

■相変わらず、暑い日が続きます。この二日ほど、つまらぬトラブルがあり、少し気が滅入っています。(昨日のブログ休みました)
生きている限り楽しいことや辛いことは必ずやってきますし、それが生きている証だといえますが・・・。とは、言うもののあまり辛いことや、気の滅入るようなことは少ないに越したことはありません。残りの人生の方がず~と短いのですから・・・。難しいですが、清く!正しく!美しく!(タカラズカみたいですが・・・)生きたいですね!!
by barakan1 | 2005-07-29 19:35 | 日々雑感

三宅・百済野コース探訪(05.07.024)③子部神社~百済寺・・・終章

●子部(ちいさこべ)の里遠望
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■小部(ちいさこべ)神社
日本書紀に、雄略天皇が養蚕奨励の為、家来のスガルに蚕を集めてくるように命じた。当時は蚕のことを「こ」と呼んだので、「こ」を集めてこいとの命令をスガルは「子」と勘違いし、村々を廻り大勢の孤児を集めてゾロゾロと連れて戻ってきた。
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天皇は驚き、呆れたが咎めもせず、子供達を彼に預け、小子部連(ちいさこべのむらじ)の姓を賜り、多(おお)の地で大切に育てさせたという説話がある。爾来この地を子部の里と呼んだという。コワもての雄略帝にしては心和むユーモア満点の話である。(ウオーク万葉・万葉を歩く)より
●子部神社の杜・鳥居
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●拝殿
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●本殿
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●子部神社境内と瑞花院
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■大和国原穀倉地帯
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万葉歌       巻12-3087
真菅よし曽我の川原(かわら)に鳴く千鳥間(ま)なし我が背子我が恋ふらくは

●百済野遠望
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■「百済寺(くだらじ)」
「日本書紀」で第34代舒明(じょめい)天皇11年(639年)12月の条に「是(こ)の月百済川の側(ほとり)に九重塔(ここノこしろノとう)を建つ」とあり、聖徳太子が平群郡熊疑(くまごり)に建てた熊疑精舎をこの地に移し、百済大寺と名付たと云われています。その後、火災にあったが、天武天皇の母で女帝第35代皇極(こうぎょく)天皇の時に再建し、674年(天武2年)第38代天武天皇の時に至って伽藍が飛鳥の高市(たけち)郡に移り「高市大寺」と称し、更に676年「大官大寺」になり、平安遷都で平城京へ移って、現在の「大安寺」になりました。なお、百済大寺の所在地に関して諸説あり、なかでも飛鳥の北、香具山麓説が有力ですが、当地の百済説も根強く、両説とも有力な遺構が発見されていないので決め手に欠け、はっきりした事は判っておりません。
●百済寺本堂(地元の人は大職冠とよんでいるそうです)
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●三重の塔
昔の面影を伝えるものは、鎌倉時代中期の建立と考えられている方三間、本瓦葺の「三重塔」だけで、昭和6年修復時に「寛政四年(1463年)」の銘をもつ瓦が発見され、なお、広陵町百済に小門(しょうもん)、経蔵(きょうぞう)、瓦田(かわらだ)等の小字が残っています。本堂は、大職冠(たいしょくかん)と呼ばれ、方三間単層、入母屋造、内陣に本尊「毘沙門天像」を安置しています。また、「三重塔」は、明治39年に国の重要文化財に指定されました。ー奈良観光よりー
※※数年前、桜井市にある吉備池から巨大な寺跡が発掘され、吉備池廃寺と名付けらた。その群を抜いた規模からこれが従来云われてきた幻の大寺、百済大寺ではないかとされている。
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●弘法大師が掘られたという梵字池より三重の塔を望む
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●春日若宮神社 鳥居           ●拝殿
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●本殿
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■百済寺と春日若宮神社の杜
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万葉集歌 山部赤人 巻8-1431
百済野の萩の古枝(ふるえ)に春待つと居(お)りしうぐいす鳴きにけむかも
★曇りの予報がカンカン照りの一日となった。歩き歩いて、百済寺より帰路のバスが来ない。1時間近くも待ったがトウトウしびれを切らして、田原本まで歩く。これだけが誤算であったがとにかく真昼間の中を1時間も歩きとおして駅に着いたときは目の前が暗くなりかけていた!!なめたらあかんね~
by barakan1 | 2005-07-27 13:51 | 旅日記

三宅・百済野コース探訪(05.07.024)②多坐弥志理都比古神社~小杜神社~屋就神社・・・

●新木辺りの太子道より二上山方向遠望
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●農振橋あたりから西(二上山)方向を望む(手前飛鳥川)
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●案内板
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●農振橋あたりの飛鳥川
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■「多坐弥志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社」
祭神は、神武天皇、神八井耳命、神沼河耳命、姫御神、太安万侶です。社伝によると、神武天皇の皇子・神八井耳命がこの里に来られて「我、天神地祗を祀る」と言われた由緒をもち、平安時代の「延喜式」にも名が見え、大和でも屈指の大社です。
●正面・鳥居
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●拝殿
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神八井耳命を始祖とする多氏によって祀られ、中世には国民である十市氏に崇敬され、県指定文化財の本殿は、東西に一間社の春日造が並び、四殿を配祀の形式で、江戸時代中頃の建築様式を残しています。ー奈良観光よりー
●本殿
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●本殿内
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●小杜神社裏より東(三輪山)方向を望む
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■太安万侶を祀る「小杜(こもり)神社」
「多(おお)神社」の南に、「古事記」の選録にあたった「太安万侶(おおノやすまろ)」を祀っている「小杜神社」が鎮座しています。太安万侶は、多臣蒋敷の孫で、古くは方六町を占め、四方に鳥居のあった「多神社」が鎮座している地域は、古代の豪族である多(おお)氏の本拠地だったと言われ、多氏の始祖が初代神武天皇の皇子・神八井耳命(かむやいみみノみこと)です。ー奈良観光よりー
●小杜神社
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■摂社「皇子神命神社」
「小杜神社」の西南で、鬱蒼とした森の脇に「多坐弥志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社」の摂社で、旧村社の「皇子神命(みこノかみノみこと)神社」が鎮座しています。祭神は、皇子神命(みこノかみノみこと)です。なお、「延喜式」神名帳で十市(といち)郡(ごおり)大社(おおしゃ)の四皇子神の1つ「皇子神命神社」に比定され、俗に「若宮」と称されています。また、「五郡神社記」では、本社の二座と四皇子神を総称して「意富六所神社」と称し、「皇子神命神社」は、本社(多神社)のちょっと東に鎮座する「姫皇子命(ひめみこノみこと)神社」と伴に本社四殿の右殿(神沼河耳命)に祀られています。ー奈良観光よりー
●皇子神命神社
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●多神社側を流れる飛鳥川
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■屋就神神社
祭神  屋就神命 天明豊玉命
由緒 多坐弥志理都比古神社の摂社の扱いで、皇子神。 もと八剣神社と言う。
●屋就神神社の杜・鳥居・祠
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●屋就神神社正面(南から北)方向に見る
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●神社前から東(飛鳥)方向を望む
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聖徳太子が斑鳩の宮造営の際、まず飛鳥から一の矢を射ると、この森に落ち、近すぎるとして更に二の矢、三の矢を射継いで、落下点に斑鳩の宮を造ったとの説話がある。
by barakan1 | 2005-07-26 16:43 | 旅日記

古社・寺探訪(三宅・百済野)コース(05.07.024)①保津環濠集落」~鏡作伊多神社・・・


■古墳古社・寺探訪(百済三宅)コース。前回に続き大和国中を巡る。今回は往きのJRが事故で遅れたりして、先が思い遣られるスタートとなった。
天王寺9時半~近鉄西田原本11時~保津環濠集落~鏡作伊多神社(保津・宮古)~多座弥志理都比古神社~小社神社~屋就神命(やつぎかみのみこと)神社~祐禅山瑞花院(ずいげいん)~子部(ちいさこべ)神社~百済寺~西田原本4時半~天王寺16時着

●保津から三宅方面を望む
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■「保津の環濠」です。
ここらの農家は、古くから条里制と環濠集落の中で生活し、環濠の形態は様々ですが、保津では最も単純な形式で、集落全部を環濠としており、一部支濠を持つものも見られます。
●保津環濠集落
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●環濠入口                  ●環濠内家並み
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■鏡作伊多神社(宮古・保津)
祭神 石凝姥命(いしこりどめのみこと)
摂社 春日神社「天兒屋根命」(あめのこやねのみこと)
由緒 鏡の鋳造を業としたこの地に居住した鏡作部の氏神である。鏡作部は物部氏    の一族である。
(鏡作坐天照御魂神社(八尾)の末社)
●鏡作伊多神社(保津)【保津環濠集落内にあり】
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●拝殿                     ●本殿
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●鏡作伊多神社(宮古)の杜遠望
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■鏡作伊多神社(宮古)
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●摂社
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●拝殿                     ●本殿
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by barakan1 | 2005-07-25 15:58 | 旅日記

続セミの図・・・

a0016431_1934090.jpg●昨日に続きセミのしゃしんです。

■娘達が来ました。
嫁はんが一番喜んでいます。
話があうのでしょうか?
何時まででも喋っています。
どこが楽しいんでしょうかね!!
by barakan1 | 2005-07-23 19:07 | 日々雑感

空蝉・・・

●大道公園で見つけた空蝉
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■今日も暑い。大道公園でセミの脱け殻を見つけ持ち帰る。
試みに接写にて表情を写して見る。なかなか、面白い顔だ!!細い髯までキッチリと抜けていて感心した。それにしても朝方のセミの大合唱はスザマシイばかりだ。公園の木にはセミが列をなしてとまっていた。私の子供の頃はなかなかセミを捕ることが出来なかった記憶があるが(特にクマゼミは高いところにしかおらず、あこがれであったが・・)・・・。油セミやニイニイが少なくなり、クマゼミが増えていると以前昆虫博士が言っていたのを思い出した。確かに、セミの数は増えていると思う。今は手掴みでも捕れそうだもの!!地球環境が何かへんかしているのかな!?
by barakan1 | 2005-07-22 12:41 | 日々雑感

深日港でのアジ一本釣りテスト(05.07.20)・・・

■深日港へ。
昨日、午後2時から釣りへ。入食いだったが形がイマイチ小さい。前回と同じくらいで5~7センチほど。せめて10センチは欲しい所だ。今日は一本つりのテストをしたが、なかなか面白い。しかし、今もっている竿はすこし、長くて固いようだ。本来ならハエ竿の3.6mくらいが最適のようだ。しかしこれだけ沸いているとこの秋はたのしみだなぁ。魚は50匹ほどで止め、頭を取って揚げるだけにしておいた。
往き2時間10分、帰り1時間50分の往復4時間、そして釣っていた時間3時間の釣行だった。
by barakan1 | 2005-07-21 17:43 | 日々雑感

初孫・・・

a0016431_1842949.jpg●城山塚上に咲いていた花

■昨日、娘夫婦が来ました。お腹も相当大きくなってきました。私にとっては初孫ですので、やはり嬉しいと言うのが正直なきもちでしょうか!お腹の中でプクンプクンと動くそうです。男にはどう説明されてもわからない感情ですね。元気な赤ちゃんが無事産まれますよう、古社・寺探訪の時には必ずお願いしています。11月に会いましょう!!
by barakan1 | 2005-07-19 18:16 | 日々雑感