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第二回目葛城古道・南河内の古墳・古社寺①コース概要・・・

a0016431_19341844.jpg●船宿寺の子地蔵

■葛城古道と南河内の古墳・古社寺を車で回ってきました。
自宅出発8時半~鴨都波神社~孝昭天皇陵~船宿寺~高鴨神社~高天彦神社~橋本院~水越峠越え~弘川寺~科長(しなが)神社(小野妹子墓)~二子塚古墳(横)推古天皇陵~敏達天皇陵~自宅18時着。

★気になっていた、まわり残しを回ってきました。前にも書きましたが、車は楽で良いですが、味気ないですね。
by barakan1 | 2005-05-31 19:37 | 旅日記

ムラサキツユクサ

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●ムラサキツユクサです。

■今日は疲れて、何もする気になりませんでした!
by barakan1 | 2005-05-30 18:17 | 路傍の草花

娘の結婚式・・・

a0016431_20311340.jpg●八重咲バイカカラマツ

■娘の結婚式がありました。
式のかたちも変わってきましたね!
孫の時代にはもっと、変わっているでしょう!?

家に着いたら、ドッと疲れました!!
by barakan1 | 2005-05-29 20:37 | 日々雑感

今日見た花・・・

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●今日見た花
 (名前が分かりません)

■明日の娘の結婚式の為、義妹が田舎から出てきました。
by barakan1 | 2005-05-28 18:06 | 路傍の草花

フィリピンで! 元日本兵発見!?

●ある日の生駒・葛城・金剛山系
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■終戦後、60年ぶりに元日本兵がフィリピン、ミンダナオ島で発見される。大変な思いで生き延びてきたのだろうが・・・。うれしいニュースである。見つかった人達(2人)は80台も後半と言うではないか!人生の大半を戦争のためにうしなったのだから・・・。なんとしても、帰国し故国の姿を見、一族の人々に会ってもらいたいものだ!!
by barakan1 | 2005-05-27 19:30 | 日々雑感

花のいのち・・・

a0016431_18175416.jpg●病院玄関に咲いていた  マブキ

■一昨日見たときはオシベ?がピンと張り綺麗な形だったのに、すこしズボラをして今日写しに行くともう、少し萎れていた、花はここと思った時に写すべきだなぁ。歌にもあるように、


花の色は移りにけりないたずらにわが身よにふる眺めせしまに   小野小町 
by barakan1 | 2005-05-25 18:27 | 日々雑感

継体天皇陵前の花

a0016431_18582642.jpg●継体天皇天皇陵の前で見かけた花

■今日は2ヶ月に一度の病院へ行く日です。前日血圧を計ったら90-75だったのでビックリしたが・・・。いままで上が100を切った事がなかったので。今日病院で計ったら110-85であった。適正血圧だが、何故こんなに下がったのか?分からない。
でも、いいことなので!!
by barakan1 | 2005-05-24 19:03 | 路傍の草花

フッと気が向き!? 墓参りに・・・

a0016431_18242370.jpg●長居公園バラ苑
昨日の日曜日、長居陸上競技場に、家族4人で関西大学選手権を見に行きました。
Yちゃんが400mハードルに出場して、3位でした。

■フッと思い立ち、墓に参ってきました。ついでに横にある桑津天神社に寄ってきました。
口伝によれば、仁徳天皇の妃となった【髪長媛】の住まいの跡だそうです。ウソか?マコトか?分かりませんが・・、なかなか夢があっていいですね!!
by barakan1 | 2005-05-23 18:38 | 日々雑感

継体天皇陵探訪③今城塚古墳・・・

■今城塚古墳(真の継体天皇陵と言われている)
●継体天皇陵を南(前方部側)より見る
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今城塚古墳は、6世紀前半の古墳時代後期に築かれた巨大な前方後円墳です。全長約350m、2重の濠をもち淀川北岸では最大級の古墳です。かつては、墳丘や堤に円筒埴輪や形象埴輪をめぐらし、2重の空濠で厳然と画された広大な墓域を誇っていました。今城塚の名は、戦国時代に三好長慶が出城を築いたことに由来します。
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この古墳が真の継体天皇陵であるとしたのは歴史学者の故天坊幸彦氏でした。天坊氏は古代条里制を研究し、摂津国嶋上・嶋下両郡の郡境を示して嶋上郡にある今城塚古墳こそ、延喜諸陵式にいう継体天皇三嶋藍野陵であるとされました。この説は考古学の古墳の年代観からも裏付けられています。
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天皇陵といわれる古墳は、大和・河内地方に集中していますが、唯一継体天皇(531年没)の出身地でもない摂津になぜ陵墓が築かれたのか明らかではありませんが、淀川とのちの山陽道を間近にのぞむ沃野に大王陵を誇示することにその意義があったと考えられます。
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周辺には史跡嶋上郡衛後附寺跡。史跡阿武山古墳をはじめ、弁天山古墳群、郡家車塚古墳、前塚古墳、狐塚古墳、岡本山古墳群などがあり、一帯が「三嶋」の政治・経済の中心地であったことをうかがわせています。
平成元年10月
高槻市教育委員会
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●継体天皇
応神天皇の五世孫。武烈天皇に後継がなかったため、時の実権を握っていた大伴金村らに推挙されて即位した。しかし大和に入ることが出来ず、二十年に渡って大和周縁を転々とし、仁賢天皇の皇女で武烈天皇の妹にあたる手白香を娶って皇后とし大和入りした。  大和入りするとすぐに筑紫国造磐井が新羅と手を組んで反乱を起こし、その鎮定に苦したという。・・・が近年その氏素性について謎の多い天皇で色々議論されています。
by barakan1 | 2005-05-22 20:16 | 旅日記

継体天皇陵探訪②太田神社~継体天皇陵・・・

■太田神社 式内社
太田神社は継体天皇陵の西側にあります。
●参道と鳥居
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太田の地は中臣氏の一族太田連の地といわれ、当社も最初は中臣氏の祖神天兒屋根命を祀っていたと思われます。 創建の年月不詳。
●拝殿                  ●拝殿の右後方継体天皇陵です
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●本殿                  ●拝殿・本殿後方が継体天皇陵
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■継体天皇陵
北から南に延びる低い台地上に築造された5世紀頃の堂々たる前方後円墳です。
この古墳の規模は、墳丘全長226m、前方部幅147m、前方部長117m、前方部高19.8m、後円部径138m、後円部高19.2mで、幅約28~33mの濠がめぐっています。また後円部と前方部が接するところに、造り出しが設けられています。
●西南方向より前方部周濠を見る
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●継体天皇陵遥拝所
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この古墳は宮内庁によると、第26代の継体天皇の御陵であるとされています。
「継体天皇」は、第25代武烈天皇に後継者がいなかったために、越前(福井県)から迎えられ、西暦507年に樟葉宮(枚方市付近)で即位され、その没年は、『日本書紀』によると西暦531年頃です。
●東南部より前方部及び周濠を見る
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●北より後円墳部を見る
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天皇の没年が6世紀、古墳の築造時期が5世紀であることなどから、この太田茶臼山古墳が、本当の継体天皇御陵であるか否かの論議が繰り返されています。
●継体天皇陵の倍塚
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by barakan1 | 2005-05-22 19:06 | 旅日記