等乃伎(とのき)神社~取石(とろし)池跡探訪(2010.01.20)②等乃伎(とのき)神社・・・

等乃伎(とのき)神社   大阪府高石市取石取石2-14-48
●正面一の鳥居
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祭神
天児屋根命
相殿神 大歳大神、壷大神、菅原道真公、誉田別命
境内社 宇賀之御魂神、天御中主神
●一の鳥居前(狛犬)
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「延喜式内社」
『続日本紀』天平勝宝4年(752)の条に「中臣殿来連竹田売」と記載されています。ここにみえる中臣氏の一族である殿来連が祖先神である天児屋根命を当社に奉祀し、また、その年に太政大臣・藤原武智麻呂、その子の大納言・恵美押勝(藤原中麻呂)が相次いでこの里に来られ居住されたと伝えられています。このように、当神社は常に藤原氏一族(中臣氏)と由縁がありました。
●一の鳥居後(狛犬)
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【巨木伝説の神社】
『古事記』下巻の仁徳天皇記の「枯野(カラノ)といふ船」から
兔寸(トノキ)河の西に一つの高樹(タカキ)ありき。その樹の影、旦日(アサヒ)に当れば淡道島(アハヂシマ)に逮(オヨ)び、夕日に当れば高安山(タカヤスヤマ)を越えき。かれ、この樹を切りて船を作りしに、いと捷(ハヤ)く行く船なりき。時にその船を号(ナヅ)けて枯野(カラノ)といふ。かれ、この船を以(モ)ちて、旦夕(アサユフ)に淡道島の寒泉(シミヅ)を酌(ク)みて、大御水(オホミモヒ)献(タテマツ)りき。この船、破(ヤ)れ壊(コボ)れたるを以ちて塩を焼き、その焼け遺(ノコ)りし木を取りて琴に作りしに、その音七里(ナナサト)に響(トヨ)みき。ここに歌ひて曰(イ)はく、 枯野(カラノ)を塩に焼き しが余り 琴に作り かき弾(ヒ)くや 由良(ユラ)の門(ト)の門中(トナカ)の海石(イクリ)に 振(フ)れ立つ 浸漬(ナヅ)の木の さやさや こは志都歌(シツウタ)の歌返(ウタカヘ)しなり。
●二の鳥居前(狛犬) 左手水舎
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この伝説の冒頭にある「兎寸河」は、当神社の東南を流れる「富木川」で、また、南北朝の戦乱時代に焼討に遭う以前は、当境内には多数の楠の巨木がそびえていたらしく、多くの焼株の発掘で確認されています。
●二の鳥居後(狛犬)と磐座(?)
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この事から、古来、富木村に船を作る為の楠の巨木が豊富に茂っていたことが想像できます。
●境内全景と拝殿
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また、遠い昔、海岸線は当神社に接近していたと考えられ、それは、当氏地の大園遺跡の発掘物の中に多数の漁具類が存在した事からもわかります。
●拝殿と拝殿内部
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以上の事から、古代において、当神社には楠の巨木が茂り、海岸線が接近して、前掲の仁徳天皇記の記載が示すように、淡路島の清水を汲んで高津の宮に帰ってくる時には、そのそびえる楠の巨木が船路の遠くから目印になったのでしょう。現在も当神社にはその名残の楠があり、御神木として崇められています。
●本殿
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【太陽信仰】
遠い昔、古代国家の黎明期、揚子江南部地域から朝鮮を経て伝わったといわれる稲作農業にとって、一番大切なのは太陽と水の恵みでした。太陽信仰はその稲作農民が太陽を崇める事により始まり、太陽は神として信仰されるようになりました。
●東側より拝殿を見る
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「とのぎ」という言葉は古代の太陽信仰と密接なつながりがあり、古代朝鮮の新羅語では「日の出・朝日」を意味するといいます。巨木伝説の説話で巨木の影がさしたといわれる高安山の頂上に立てば、当神社の方角に冬至の太陽が沈みます。当神社の側からみると、高安山の頂上に夏至の「日の出」を拝む事になります。
●境内社                              ●本殿
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この冬至の日は、一年のうちで最も日中の時間が短く、太陽の活力が弱まっています。そしてこの日を境にして、太陽の活力は夏至の日に向かって盛り返すのです。
●『古事記』下巻、仁徳天皇記の碑と説明板
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等乃伎神社では、この冬至の日に太陽の恵みの復活を祈って重要な祭が行われ、夏至の日に太陽の恵みに感謝して祭が行われたと伝えられています。このように、当神社は太陽祭祀の重要な場所であったのです。
ー全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁ーより
※立派な狛犬が沢山あります。その時々に奉納され、こんなにたくさんになったのでしょう。この地域の人々から篤く崇敬されているのでしょう。それに、歴史の割に荘厳感というか、重々しさといったものがなく、明るく気持ちのいい神社でした。
by barakan1 | 2010-01-29 21:19 | 旅日記
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