海南市・熊野古道(藤白坂~橘下神社)探訪(2009.08.25)③地蔵峰寺・塔下王子~御所の芝・・・

石造宝ギョウ印塔
藤白坂を登りきったところは、昔地蔵峰寺の境内のあったところである。
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その施設の一つとして石造宝きょう印塔があった。宝きょう印塔はお経を納めることによりもろもろの功徳を積むことが出来ると考えられていた。

地蔵峰寺 「峠の地蔵さん」   和歌山県海南市下津町橘本1612
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当時は藤代王子より熊野古道を登った峠にあり、「峠の地蔵さん」と呼ばれ、大きな石造地蔵菩薩が本尊として安置されている。現在は藤白山延命院地蔵峰峠と称し天台宗に属し和歌浦雲蓋院末になっている。
創建の時代は詳らかでないが、永享10年(1438)の寺の古文書によると、真言律宗に属し寺域も方八町に及び僧徒も相当数在住していたと思われる。本尊の造られた元享3年(1323)の頃はまだ建物はなく八角形の覆屋根程のものであったと想像される。この本堂の建立時期は明確な資料はないが、正面 側柱に「永正十」(1513)の刻書があり、これは落書とおもわれるがこの頃の建立と思われる。
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建物は桁行、梁間ともに三間寄棟造り本瓦葺で、禅宗様の影響が濃厚で、木製礎盤に円柱を立て、柱頭は粽、柱上の出三ツ斗は和様であるが、中備は双斗で柱間二ヶ所ある。内陣天井は鏡天井で周囲1間は化粧天井となっている。

藤代塔下王子跡
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この王子は、明治42年、橘本王子神社に合祀されるまでは、若一王子神社として、イザナギノミコト祭神とする社もあった。社のあった場所は、当時よりせばめられているが、地蔵峰寺の右側にある。地蔵峰寺は、無住であるが、土地の人々に守られている。この寺の背後に回ると御所の芝にいくが、そこからの眺望はすばらしい。

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ここからの展望が見たくて訪れたようなものです。評判に違わず素晴らし景色でした。古の人々が苦しい藤白坂を越えて、ホッとした時この景色を見てどんなに感動したのか想像できます。
ここからは万葉集に詠われた万葉故地(名高、黒牛潟、和歌の浦、片男波、雑賀崎)等が望めます。
万葉歌の一部と共に、そのパノラマをご覧ください。
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巻7-1396
紫の名高の浦のなのりその磯に靡(なび)かむ時待つ我れを
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巻9-1672
黒牛潟潮干(しほひ)の浦を紅の玉藻(たまも)裾引(すそび)き行くは誰が妻
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卷7-1213 
名草山(なぐさやま)言にしありけり吾(あ)が恋ふる千重の一重も慰めなくに
山部宿禰赤人
巻-0919 
若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る
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巻12-3175 
和歌の浦に袖さへ濡れて忘れ貝拾(ひり)へど妹は忘らえなくに
巻7-1194 
紀の国の雑賀(さひか)の浦に出で見れば海人の燈火波の間ゆ見ゆ
by barakan1 | 2009-08-28 21:53 | 旅日記
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