生駒山西麓古社寺探訪(06.02.14)⑪玉祖(たまおや)神社~本間孫四郎墓・・・

□玉祖神社横の畑に咲いていた水仙の花(後方信貴山方向)
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■玉祖(たまおや)神社     (八尾市神立) 
●神社への参道と大楠
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祭神
本社三所大明神
 第一玉祖大明神(男神) 十一面観音
 第二香森大明神(女神:中ノ森) 釈迦如来  都夫久美神社の祭神
 第三鴨森大明神(男神:対ノ御前) 地蔵菩薩 鴨神社の祭神
 櫛明玉命 または 玉祖神
 配祀 イザナギ命、イザナミ命、宇麻志麻治命、ほか」
●拝殿
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●本殿
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●狛犬
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玉祖神社は、和銅3年(710)に周防国から分霊を勧請したもので、祭神は櫛明玉命である。『河内国高安郡玉祖大明神之縁起』によると、周防国一の宮である玉祖神社の神が一旦住吉浦へ上陸した際、鎮座の地を尋ねたところ、住吉明神は恩智の神が広大な土地を持っているので、分けてもらうように進められ、高安郡7郷のうち6郷をもらって鎮座したという。         
●摂社
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摂社 吉野三十八神社「木花開耶姫命」、恩智神社「大御計都彦命、大御計都姫命」、水神社「罔象女命」、山口神社「猿田彦命」ほか
     
a0016431_1632732.jpg玉祖神社裏山古墳は横穴式石室で有名である。社宝に木造の男女神坐像があり、女神の坐像は左足を立てている像で、日本では礼儀に合わないが半島女性の場合には一つの作法になっている形である。
 

石段下に大きい樟樹があり、石棒を巻き込んでいる。男根崇拝の名残であろうか。  
ー神南備にようこそー 


※、生駒山西麓の寺社には必ずと言っていいほど大きな楠があります。地域性か、生駒山の西麓の特性なのかとにかく沢山あります。言い換えればそれだけ古い地域だと言えるのかもしれませんlね。 


■業平伝説
玉祖神社のある高安の神立地区は、「業平河内通い」の伝説でも知られたところです。
                                  ●十三峠への道
a0016431_16445313.jpgその昔、六歌仙の一人在原業平が大和の龍田から十三峠を越えて玉祖神社に参拝した折り、茶屋辻にあった福屋という茶店の娘、梅野を見そめ、しばしば通ってくるようになりました。ある時、いくら合図の笛を吹いても娘が家から出てこないので、不思議に 思って東の窓から中をうかがうと、手ずからご飯を器に盛って食べている娘の姿が見えました。業平はすっかり恋心を失い、持っていた笛を神社に置くと急いでその場を立ち去りました。娘はこれに気づき、あわてて走り出ましたが追いつけず、悲しみのあまり近くの池に身を投げて死んでしまいます。
これ以来、高安の里では、東側に窓を作らなくなったということです。また業平が残して行ったという一節切(ひとよぎり)の笛が、今も玉祖神社に伝わっています。
この伝承は、伊勢物語から生まれたと言われています。
ー八尾市立図書館ー八尾の伝説
※茶屋辻・十三峠へは今回は行きませんでした。またの機会にします。

■本間孫四郎墓
孫四郎忠彦は相模の人で新田義貞の家来であった。弓の名人であったとつたえられ、足利尊氏が西海から大兵を携して東上するや、それを和田岬で拒けた。
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後にこの地の住人となり本間垣内の小字もあり、いまに子孫本間家がある。
この二伯の五輪塔は孫四郎の墓と伝えられ、梵字は一字あるが判読不明。鎌倉時代に属する。  八尾教育委員会碑文より
by barakan1 | 2006-02-21 17:00 | 旅日記
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