熊野古道(熊野三山)探訪(2012.02.27)⑤熊野速玉大社・・・

熊野速玉大社
●神社正面
a0016431_16363834.jpg
熊野三山のひとつ。もともとは、速玉大社から南へ1~2km行った千穂ヶ峰の東南端の神倉山に祀られていたのが、のちに現在地に遷され、そのため神倉山の古宮に対し、ここを新宮と呼ぶようになったということです。
●入り口鳥居と参道
a0016431_16375153.jpg
御主神 結宮   熊野結大神(くまのむすび)「伊弉冉命」  
御主神 速玉宮  熊野速玉大神「伊弉諾命」
●熊野速玉大社参詣曼荼羅
a0016431_16384677.jpg
●神門
a0016431_16393022.jpg
創祀
「熊野権現御垂跡縁起」によると、往昔、熊野神が各地遍歴の後に、伊予、淡路を経て新宮の南の神倉山に祀られ、さらに阿須賀社の北、対岸の石淵(三重県鵜殿村矢淵)に遷られたのであって、始めは結(結神)、早玉(速玉神)と家津美御子神を二社殿に奉斎していた。
●拝殿と第一殿・第二殿
a0016431_16411310.jpg
「熊野年代記」には、安寧天皇十八年(紀元前566)に新宮の神倉に祀られ、貴祢谷(石淵)へ遷り、孝昭天皇五年(紀元前480)に二社殿を建立して、熊野三所権現(結、速玉、家津美御子)を奉斎したと伝える。
a0016431_1642269.jpg
諸説によって考察すれば、まず熊野三山の中心の早玉(熊野速玉大神)、結(那智大社・熊野夫須美大神)、家津美御子(熊野本宮大社御主神)の三柱が神代の頃に神倉山に降臨せられ、景行天皇五十八年(129)に、社殿を現在の処に築営して結、速玉の二神を御奉遷申し上げたと思われる。
●社殿全景
a0016431_16431334.jpg
熊野速玉大社は、第十二代景行天皇五十八年に、熊野三所権現降臨の元宮「神倉山」から、現社地に新たに宮殿を遷って遷宮したことから、旧社地に対して、現社地に新しく宮殿を造立したので新宮と号したと古書に記されている。
a0016431_16433534.jpg
その後、熊野信仰の興隆にともなって、次々と諸神を追祀し、平安時代に現在の十二社殿並立の社頭を構成したものと思われる。-熊野速玉大社御由緒より-
◆◆ 社殿名祭神名
上四社  第一殿 速玉宮熊野速玉大神・伊邪那岐大神
      第二殿 結宮 熊野夫須美大神・伊邪那美大神
      第三殿 証誠殿家津美御子大神・国常立尊
      第四殿 若宮天照皇大神
                 神倉宮高倉下命
中四社  第五殿 禅児宮忍穂耳尊高倉下命 おしほみみのみこと
      第六殿       聖宮瓊々杵尊 ににぎのみこと
      第七殿 児宮  彦穂々出見尊 ひこほほでみのみこと
      第八殿 子守宮うが草葺不合尊(う=慮+鳥、が=茲+鳥)
下四社  第九殿 一万宮
                 十万宮国狭槌尊       
    第十殿 勧請宮泥土煮尊 うひじにはにのみこと
    第十一殿       飛行宮大戸道尊 おおとのじのみこと
    第十二殿       米持宮面足尊 おもだるのみこと
●境内社 新宮神社、熊野エビス神社。
a0016431_165355.jpg
神門の外には八咫烏神社、かぎの宮 手力男神社、熊野稲荷神社
a0016431_16454984.jpg
●国の天然記念物梛(なぎ)の大樹
熊野速玉大社の境内に立つ推定樹齢1000年の梛(なぎ)の大樹。
a0016431_16463987.jpg
平安末期に熊野三山造営奉行を務めた平重盛(清盛の嫡男)の手植えと伝えられ、梛としては日本最大です。
★(*^_^*)★写真クリック、大きくなります。
by barakan1 | 2012-03-07 16:56 | 旅日記
<< 熊野古道(熊野三山)探訪(20... 熊野古道(熊野三山)探訪(20... >>