南港&南芦屋浜アジ釣り(2016-10-07、10-16)

■南港アジ釣り

記事は後日。
# by barakan1 | 2016-10-25 20:04 | 釣行日記

万葉の花 「ハマユウ」 2016-07-18・・・

散歩コースの公園の近くの環状線のガード側に「ハマユウ」の花を発見しました。何年も前から見知っていたのですが・・、あまり気に止めることもなく見過ごしていたのですが!今日ハタ!!と気付きました。ヒョットしたらこの花はハマユウではないか? 帰宅後、ネットで調べると果たして正解でした。
こんな身近に万葉集に読まれている花、最近は減少していると言われる花が咲いているとは・・・。
柿本人麻呂 『万葉集』  熊野探訪
巻4-0496
み熊野の 浦の浜木綿(はまゆふ) 百重なす 心は思へど 直(ただ)に逢はぬかも
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 夏の花、ハマユウ。花の形を見れば想像がつくようにヒガンバナ科の植物です。海岸でよく見かけるのは、日当たりがよく、水はけが良い所を好むためです。万葉集にもよく歌われる「木綿(ゆう)」は楮(こうぞ)の樹皮を細く裂いて神事に用いる白い布のことで、今で言う木綿(コットン)のことではありません。花の様子がそれに似ているので「浜木綿」と名付けられました。
花言葉は「どこか遠くへ」「あなたを信じます」
# by barakan1 | 2016-07-18 13:50 | 路傍の草花

尼崎海釣り公園 アジ釣り (2016-07-15)・・・

■7:00自宅出発~8:00尼崎海釣り公園入場。
予想外に風が強く、風速10mだそうです。
段々治まってくれればいいのですが・・・。支度を済ませ実釣開始。
どの棚も鯖ばかり、釣れるアジは豆よりも小さいサイズばかり。
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★昨日の公園ブログのコメントでは・・・。
「今日は●●市の★★様ら2人が7~12cmのアジを50匹と
17~24cmのサバを100匹釣られました
釣り方:サビキ釣り、竿:3,6m、鈎:ピンク3号
棚:4ヒロ、エサ:アミエビで場所は外向き中央でした」
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※先日までの好調さはどこへ行ったのか??
それでも皆さんお好きです。、釣り人は4・50人はいるだろうか!!
釣果はすべて放流し、11時:釣り終了撤収しました。
家内に予約していた、アジの南蛮漬けは次回釣行までお預けです。
尼崎海釣り公園 アジ釣り
# by barakan1 | 2016-07-15 14:47 | 釣行日記

日ノ御埼沖  岬丸 イサギ釣り 2回目 (2016-06-09)・・・

今年2回目のイサギ釣り(6月9日)
自宅を7時30分に出発~前回と同じコースで10時比井港着。前回より人は少ないようだ。
朝便の帰港が遅れ(11時時半帰港)。今日の乗船者は6名。いつもの通り最後に乗船、左舷ミヨシに釣り座を決めたら、船長よりバランスが崩れているので移動…といわれたので。手釣りですので…と言ったら、それなら大トモの真ん中でやって!といわれた。ラッキー一番いいところに座れた。(^o^)11時半過ぎ河岸払い。
●河岸払い、ポイントへ全速
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11時45分ポイント着、実釣開始。船長より例のごとく、棚40m~30mを探って!との指示。手釣りの借り道具が前回と異なるので40mのラインを決めるのに手間取る(この道具の4色と5色の色合いがよく似ていて、おまけにサングラスをしているものだから同じに見える。そのまま糸を出していたら、海底に突いてしまう。何やかんやで戸惑っているうちにゴールデンタイムは過行く。やっと12時過ぎにそれに気が付き棚が合った。以後は順調に食い止まりもなく、ポツリ、ポツリではあるが最後まで食い続く。前回、流れる潮の中での釣りが完敗だったので、これを克服すべく対策を考える。一つ、通常の棚より5m長く糸を出す。(順潮で棚40mのとき、急潮では45m出す)当然潮の速さにより出す長さは変わる。
二つ、目標の長さが出て安定したら、アミエビを2・3回コマし、そのまま待つ
●実釣中                 ●ポイント日ノ御埼沖・トフ
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この二点に注意して釣る。16時位から潮の流れが早くなってきたが・・。ボツボツではあるが最後まで釣り上げることが出来た。途中から親指が痛くなり、普段も遅い引き上げの時間が尚ユックリになってしまった。もう少し早く上げることができたら、釣果ももう少し伸びるのだろうが・・・。私の体力も落ちているし、何よりこのユックリしたテンポで魚の大きさや、動きを想像しながら釣るのが大好きだから・・・
●船長に撮ってもらったスナップ
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沖上がり17時10分、帰港17時半。朝一の棚トラブルが痛かったです(あれがなければあと10匹は釣果を乗っばせたでしょう。(T_T) 
手釣りの道具、買っちゃおうかな!
【本日の釣果】
イサギ50匹(目標達成です)最長寸37㌢他30㌢アップ多数。
【本日の状況】
【場所】 日ノ岬沖・トフ 【海況】 ナギ 【水温】 24.2 ℃  天候【晴れ】
★写真クリックで大きくなります(^o^)
# by barakan1 | 2016-06-10 15:48 | 釣行日記

散歩・徒然なるままに・・・(2016-05)

5月度の締めとして、
散歩・徒然なるままに・・・をアップします。
いつもの散歩コース(四天王寺~一心寺~天王寺公園~安倍の~自宅)7000歩から、少し足を伸ばして上町台地の浪速七坂を主に拡大散歩8500歩を始めて一ヶ月余りが経ちました。気候のいい時期でもあり色々な発見がありました。
★まず一番目に、17日、市立美術館前の階段よこの木立より、「ウグイス」のさえずりを聞きました。さえずりは「ホーホケキョ、ホーホケキキョ、ケキョケキョケキョ……」、地鳴きは「チャッチャッ」。
a0016431_1631576.jpgさえずるのは縄張り内を見張っているオスで、「ホーホケキョ」が他の鳥に対する縄張り宣言であり、巣にエサを運ぶメスに対する「縄張り内に危険なし」の合図でもある。「ケキョケキョケキョ」が侵入した者や外敵への威嚇であるとされている。(Wikipediaより)


★二番目に、23日、茶臼山のある河堀池で「カワセミ」を見かけたことです。しかもそれから今日までに3回も目撃しました。コバルトブルーの背中が美しい鳥でした(スズメよりチョット大きい位でした)
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■三番目には、24日、一心寺の南門を出るとき、聞きなれない鳴き声を聞きました。「トウキョ トッキョ キョカキョク」と聞こえます。一緒にいたおばあさん達も「なんだろうね?聞いたことのないなきごえだけど・・・」と言っていました。
a0016431_1640135.jpg帰宅後、ネットで調べると・・・な何と!!ホトトギスだそうです。私は生まれて初めて聞きました。本当に「トウキョ トッキョ キョカキョク」と聞こえるんですね!!感激しました。昨日のカワセミに続き、ラッキー続きです。



★四番目は、28日、清水坂を下っていた時、今までに見たこともない位大きさのスズメバチと遭遇しました。
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彼は下の方から、地面より1メートル位の高さを音もなく、悠々と私の側を通って上の方へ飛び去りました。たしかに薄茶・黄色?の体色で、大きさは体長5センチ位あったのではないだろうか!・・・ 一瞬のこととてハッキリ確認したわけではありませんが、私が今まで見た中で一番大きな個体でした。こんな大阪のど真ん中で、あんな大きなハチがいるなんで・・・とても信じられません!!
a0016431_16413044.jpg帰宅後、ネットで調べたら、どうも「オオスズメバチ」のようです。1匹だけで、お散歩中で良かったです。集団で襲われたらアウトですものね!!







★五番目は、30日、四天王寺の境内でトンボを見つけました。弱っていて飛ぶことができないようでした。この葉の上にとまらせ観察しましたが、あまり見たことがない種類でした。
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帰宅後ネットで調べましたが、似たような種類が沢山おり過ぎハッキリとはわかりませんでした。(コシアキトンボのメスに似ているような・・??)
# by barakan1 | 2016-05-30 16:56 | 散策によせて

日ノ御埼沖 M丸 イサギ釣り (2016-05-28)

日ノ御埼沖イサギ釣り
今年はじめてのイサギ釣りに、比井港の岬丸(昼便)にて釣行
自宅発(7:00)~紀の川IC(8:00、70㌔)~有田IC~湯浅(紀ノ国屋、8:40、100㌔)~紀伊内原(9:15、122㌔)~比井港(9:25、128㌔)
爆釣続きのネット情報のためか?結構な人出です。朝二便、昼二便だそうです。10時前に着きましたので、出船まで1時間余待ちました.・・・(T_T)
朝船が10:45帰港。昼便のための船中の清掃と席の準備(人数分のバケツが腰掛けのところにおいてある)完了後、船長より、好きな位置に入ってくださいとアナウンスがある。何時もの通り、このシステムでは出遅れてしまう私。結局、右舷の胴の間、大艫より三人目に座る。
本日の状況:天候:曇り~雨  風向:北  潮:下り~上り潮  水温:22度  波高:0.5
出船11:10~日ノ御埼沖ポイント(トフ)着、船長より、棚40~30mを探ってとの指示があり、実釣開始(11:30)。潮は動いているが上へ下へ真下へと定まりがなくあまり良い潮ではなさそうだ。
早速、船に常備の手釣り仕掛けで期待を込めて、第一投!4色出して、そこでコマセを二振り、一ヒロ上げて仕掛けを止めて待つ。前日のおさらいのように、少し長く待つもり・・・と、待つまでもなく、クンクン、グッリグッリとした当たりがあり、慎重に取り込むと、27~28㌢の標準サイズ。ここで釣っておかねば・・!!と力は入るがダブル・トリプルも少なく、ポツポツ上がる程度。そのうちに二枚潮となり両隣とお祭りが続発。そんな中右舷ミヨシで釣っていた人に強烈なあたり、竿のしなりと、叩き方は尋常ではない。そんななかあがってきたのは45㌢のジャンボイサギだった。私も初めてみたが本当に巨大な魚だった(その人は大型狙い一本じ絞って釣っているようだった)りっぱ!負けました!脱帽です!!
●日ノ御埼沖トフ           ●右舷同船者
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私には、15:30頃少しいい感じの当たりがあり、かなり潮の流れが早くなってきて、お祭りしながらも、タモを使って今日初めて魚をすくいました(今回初めてタモを持参。魚は目算35㌢くらい?)。その後、潮は増々早くなり、糸が真横に出ていくような感じで、結局その魚を最後に納竿(17:15)まで全く釣れませんでした。沖上がり港着(17:30)でした。後半は雨に振られ、寒いは一匹も釣れずで、散々でしたが・・・、一年ぶりのイサギ釣りで気分が晴れました!

比井港発(18:15)~和歌山太郎家(19:15)~自宅(20:50高速、走行距離260㌔)
帰宅後、早速刺し身にして、おいしく頂きました
●最長寸35㌢            ●釣りたてイサギの刺し身
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本日の釣果最長寸35㌢、匹数イサギ29:丸ハゲ1  計30匹でした。
# by barakan1 | 2016-05-29 16:01 | 釣行日記

岩出市~紀の川市神社仏閣探訪(2016-03-03)⑦山崎神社・・・おわり

山崎神社    岩出市赤垣内108
★正面鳥居
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御祭神
■(主祭神)大市比売命 大山津見命 須佐之男命 (配祀神)奥津彦命 奥津姫命 火加具土命 大年神 水波能売命 八衢彦命 八衢姫命 久那斗命 誉田別命 八王子神 伊弉册命 天児屋根命 上筒男命 市杵島姫命 天照皇大神 他一三座
★狛犬
a0016431_14575585.jpg摂社
五十鈴神社 寿福神社 八阪神社 金刀比羅社 牛神社 稲荷社









★参道・境内
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★手水舎・狛犬
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■由来
 当神社は、人皇七五代崇徳天皇の御代大治元(1126)年丙午5月、鳥羽天皇が根来寺を下山され熊野三山へ向われる途中、真田の里まで進まれたとき、にわかに天候が変わり、雷雨はげしく行列を進めることが出来なくなり、お供の人々が心なやみ、天地の神にお祈り申し上げたところ、雲間より神様がお姿を現し、わたくしは、大山津見の御子、大市姫神なり、雷雨をすぐに鎮めますからお発ち下さいというと、たちまちに晴天白日が輝き、神のお姿が雲に乗って消え去り、天皇はしばらくここに、御輿をとめられたので、この地を輿止めと呼び、松の大木が繁っていたが今はその松林もなく人々から忘れられている。
★境内・拝殿・本殿
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その後、上皇がこのことを大変よろこばれて神社の神官をおよびになり、詳しく事情をおききになられ、お使いの人をお詣りさせ、幣帛料・物品をお供えされたということですが、天正年間、秀吉の根来攻めにより兵火にあって、本社・摂社及び古い記録などが焼失してしまった。
★拝殿
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★拝殿内
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その後、仮の社殿を建て「雷除祈願」として今も大市姫明神、雷除祈願所と記された年代不詳の古い石碑1基が残っている。
★本殿右五十鈴神社            ★)本殿左寿福神社
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徳川頼宜候も祈願されたということで当時の老松が1本残り、雷除の松と呼ばれ(日本名木集に掲載された事があると聞く)、昭和4年2月に県の天然記念物に指定され近在近郷の人々にありがたい松と親しまれていたが、昭和10年惜しくも枯れ果てて、直径1m80㎝の根元一切を記念に残して伐採された。
明治40年、大市姫神社を山崎神社と改称する。
★八坂神社と手前は牛神社             ★)稲荷社
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ー和歌山県神社庁ーHPより
※大市比売とは、少し、調べてみました。
須佐之男命の妻で、大山津見神の娘。
須佐之男命との間に、大年神と宇迦之御魂神を生んだ。

# by barakan1 | 2016-03-13 15:22 | 神社仏閣探訪

岩出市~紀の川市神社仏閣探訪(2016-03-03)⑥荒田神社・・・

荒田神社 (式内社)   岩出市大字森237番地
◆境内案内板
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■御祭神
天疎向津姫命 気長足姫命 誉田別命 大山咋命 大山祇命 天忍穂耳命 大巳貴命 秡戸九柱神 市杵島姫命 素盞鳴命 菅原道真 香具都智命 大社命 大國主命 白髪命
◆正面鳥居
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■由来
当神社も天正の兵火のため、伝うる文書等は一つも存在していないが、『紀伊続風土記』に次の様に記され往時が偲ばれる。
「荒田神社、境内周二町四十間、祀神、高魂神、剣根命、拝殿、神楽所、御供所、攝社、丹生明神社、末社、二社 延喜式神名帳那賀郡荒田神社二座、本国神名帳那賀郡地祇従四位上荒田神、森、堀口、川尻、今中、西坂本、押川六箇村の産土神なり、古は岩出、山崎両荘の総産土神にて荘中の末社百二十社と言伝う、祀宇も壮巖に神職も九名あり、社領十町八反二畝ありしに天正の兵火に罹りて祀宇尽燒亡し、縁起寄附状宝物等皆紛失し社領皆没収せらる、是より神事祭礼廃絶す 且中古以来両部に祭りて社地に別当寺を置来たれり、寛文年中命ありて唯一に復して別当寺を外に移し、神事祭礼稍舊に復する事を得たり、此の神は式に二座とありて和泉国大鳥郡陶器荘にも、陶荒田神社二座と見ゆるに後世両部に祀りし等、改めしや宮居三社造となし来り、且地名弘田なるを以て攝津國廣田社と同神にて、天疎向津姫尊とし、神功皇后、譽田別天皇を合せ祀るといひて三座の数に合せたる説あれとも索強附会にして取るに足らず、神主を西堀氏という」とある。
ー和歌山県神社庁HP-より
◆拝殿
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■祭神高魂命は即ち高御産巣日神(古事記)であっ て、劔根命はその五世孫にあたり、その子孫に葛城直があ り、荒田直もその一族であって、「劔根命之後」である。
『名所図会』によれば、当社は「荒田の直が祖高魂命、お よび劔根命」を祀ったことになる。葛城直といえば、「九州日田の豪族として、神武天皇の東征に従」(『姓氏家系大 辞典』)ったと考えられ、おそらくは紀伊国とも無縁ではな かったろうし、荒田別は、紀伊国荒河戸畔の女を母にもつ 豊城入彦命(崇神天皇紀)四世の孫であって、鹿我別らと共 に、神功摂政四十九年(三六九)には、卓淳国に渡り、新羅 国を破った(神功皇后紀)武将たちであって、紀氏を代表す る紀水軍とも関係深かったと思われるし、更に摂社に「丹 生都比賣神」を祀っていることなどよりして、古代紀伊国 とも縁故深く、この地に祀られたものと考えられ、地方豪 族の尊信も高かったことと思われるが、これを證する資料 はない。    -『式内社調査報告』-
◆本殿(木造銅板葺流造 24,8㎡)
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※そんなに社格のある神社とは思っていませんでしたが・・・。式内社だそうです。そのため写真が少なくなりました。油断するものではありませんね。
幣制年、解体修理が完成し美しく生まれ変わりました。
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# by barakan1 | 2016-03-12 14:25 | 神社仏閣探訪

岩出市~紀の川市神社仏閣探訪(2016-03-03)⑤西国分塔跡・・・

西国分塔跡   和歌山県岩出市西国分
◆案内板と石碑
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聖武天皇は741年(天平13年)に諸国に国分寺と国分尼寺(尼寺)の建立の詔を出しました。これを受けて、紀の川市国分寺(現在史跡紀伊国分寺歴史公園となっている場所)に紀伊国分寺が建立されましたが、国分尼寺の方は、国分寺から西方に800mのこの地に、白鳳期に建立された寺院がすでにあり、国分尼寺として使用されたと推定されています。平安時代以降になると廃絶したようです。昭和50~51年の発掘調査では塔の礎石の一部が確認されましたが、その他の伽藍跡については、後世の土地の改変が著しく、発見されませんでした。
◆全景と塔心礎
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発見された塔の心礎は砂岩製で、上面には直径87cm、深さ9cmの塔柱の座が彫られています。座の中央には、直径14cm深さ15cmの仏舎利を入れる穴があります。さらに心礎の下には、平坦な4個の石が並べられていて丁寧な造りになっているようです。 昭和3年2月7日に国の史跡として指定されました。(2011.8.4)    
現地説明板     ーきのくに風景讃歌ーより
# by barakan1 | 2016-03-11 19:48 | 神社仏閣探訪

岩出市~紀の川市神社仏閣探訪(2016-03-03)④紀伊国分寺跡・・・

史跡紀伊国分寺跡歴史公園  〒649-6428  和歌山県紀の川市東国分
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国分寺は741年(天平13年)聖武天皇により、全国に60余箇所に建立の詔が出されて建造されたものです。いずれも七重塔・金堂・講堂塔を有する壮大な伽藍でした。
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紀伊国分寺もその一つでしたが、当時の建物は全て焼失し、現在の本堂は講堂跡に江戸時代に再建されたものです。かつての姿を知るために1972年(昭和47年度)から発掘調査が進められ、2000年に完了。
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一方保存整備事業が1988年(昭和63年)から並行して進められ、15年の歳月と5億円をかけて2002年に「史跡紀伊国分寺跡歴史公園」として完成しました。
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※※各地で国分寺は見てきましたがここ紀伊国分寺跡は基壇跡や礎石も残り、そしてよく保存されています。西国分塔跡(国分尼寺跡)に比べると雲泥の差ですが・・・、それもその寺が持つ運命なのでしょう。
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# by barakan1 | 2016-03-10 16:04 | 神社仏閣探訪