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■野上八幡宮 和歌山県海草郡紀美野町小畑623
●神社正面全景 ![]() 品田和氣命 配神 息長帶姫命、玉依姫命 ●一の鳥居より神門を見る ![]() 当八幡宮の縁由は古く、神功皇后が三韓より御帰還なさる途中三年間の頓宮の跡と いわれる。 ●拝殿 ![]() ●境内から社殿を ![]() ●境内から社殿を(拝殿・本殿・若宮) ![]() ●拝殿・本殿 ![]() ●境内社 高良神社 恵美須社・祇園社 若宮社 ![]() ●本殿後方にある境内社群(左右よりみる) ![]() ■千種(ちぐさ)神社(通称あしがみさん) 海南市重根1125
●老楠 ●神社正面(西より東を見る) ![]() 配祀 熊野速玉神 天照皇大神 八王子神 猿田彦神 須佐之男神 大山須美神 市杵嶋姫神 境内社 祇園神社 秋葉神社 恵美須神社 ●全景(西南より見る) ![]() 小高い丘の上に鎮座している質素な感じの古い神社。神社名を記して掲げられている額は竈山神社の宮司の手になるものである。名草姫を惨殺した仲間の五瀬の命を祀る神社の宮司である。恩讐を越えて弔っているのであろうか。 御神木の檜はすごい。二本の足を天に向かって立てている。木の股であるY字型は神座であり、神聖まものとされ豊饒の象徴でもある。 ●正面鳥居と奥拝殿 ![]() △紀伊續風土記 巻之十八 名草郡 重根郷 伏山村から ○百草大明神社 境内 東西三十間 南北二十八間 本社四社 瑞 籬 拝 殿 鳥 居 観音堂 鐘 楼 穀屋神宮寺 真言宗古義 京勧修寺末 ●拝殿と狛犬 ![]() ●神木と本殿 ![]() ▲▼河内湖の日下で長髄彦に破れた神武軍はその後、紀ノ川下流域“名草邑(なくさむら)に着き、名草(なぐさ)戸(と)畔(べ)という女賊を誅した”と日本書紀では簡単に記されています。名草戸畔の人物像や、戦いの様子を伝える記録はどの書物にも見られません。今の、紀三井寺、布引あたりは、当時は海であったはずですから、名草邑というのは多分名草山の東に広がっていたのではと思われます。 ●本殿 ![]() ●境内社 恵美須神社 祇園神社 ![]() 「きのくに散策ー神武東征記きのくに編」ーより抜粋 ※宇賀部神社、杉尾神社が山の中腹にあり、山の中という印象に比べ、ここ千種神社は小高い丘の上にある感じです。それでも昔は遮るものがなく、遠くまでよく見渡せたでしょう。社叢がもっと深ければ前二社のような印象を得たのでしょうが、少し質素な感じを受けました。境内には十日戎のため氏子さん達が集まって準備をされていました。この地方はエビスの信仰が特に盛んなところなのでしょうか? 名草戸畔の伝承に係る神社三社をこれで訪問しました。(^^) ■杉尾神社(通称おはらさん) 海南市阪井1858
●神社遠景 ![]() 摂社 七社神社 住吉神社 皇大神社 蔵皇神社 金比羅神社 祇園社 厳島神社 秋葉神社 弁財天神社 稲荷神社 天神社 ●一の鳥居~境内石段 ![]() 当杉尾神社の御鎮座は巽村大字阪井字玉輪山、人皇第四十五代聖武天皇御字神元亀甲子年十二月勧請されたと伝えられている。しかしながら、杉尾神社という名称がどのようにして付けられたかは不明である。また、いつの時代からか、「おはらさん」としても人々に崇敬されるようになった。 ●境内拝殿前 ![]() ●拝殿 ![]() また、奇しくも、赤穂浅野家とも関係があるらしく、浅野家による検地があったという。 ー神南備にようこそーより抜粋 ▲▼名草戸畔(なぐさのとべ)は、 ●社殿(拝殿・本殿) ![]() ●拝殿内部 ![]() ◆紀伊續風土記 巻之十八 名草郡 多田郷 坂井村から ●摂社群 ![]() 末社二社 祀神 杉尾明神 八幡宮 両社 各三尺五寸 四尺 廰 御供所 寶 蔵 鳥 居 末社五社 住吉明神社 本社の左にあり 蔵王権現 本社の坤にあり 宇賀魂神 大己貴命 猿田彦神 大年神 奇稲田姫命 事代主命 市杵島姫命 七神合殿 本社の右にあり 祇園 妙見 社 本社の艮山上にあり 蔵王権現 本社の坤にあり 天照大神宮 本社の巽にあり ●祇園社 ●稲荷社 ![]() 別 当 神 宮 寺 社地の巽にあり 旧は真言宗古義なりしに寛延四年(1751)真言新義に転派し黒岩村寶光寺の末となる 護摩堂あり ■宇賀部(うかべ)神社 (通称 おこべさん) 和歌山県海南市小野田917
●神社全景 ![]() 境内社 大神宮 天神社 末社 祇園神社 弁財天神社秋葉神社 多賀神社 山王神社 稲荷神社 ●社頭案内板 ![]() 古記録は戦国時代の兵火で焼失して、由緒を尋ねる確たる典拠がない。しかし鎌倉期よりの神職、小野田家所蔵の文書によれば、「山城国、愛宕神社を勧請す」とあり、古来、祭神3柱の中央祀神たる「宇賀部大神」を「迦具突智神」とする説に符号する。 また一説には、神武天皇ご東征のみぎり、皇軍に随順することを肯じなかった名草戸畔の首級を祀るともいわれ往古より頭の守護神として、「おこべさん」の愛称で広く親しまれてきた。 ●鳥居~参道石段~手水舎 ![]() ●拝殿 ![]() ◇紀伊續風土記 巻之十八 名草郡 多田郷 小野田村から ○産土神社 荒八王子大明神 祀 神 宇賀部雨大明神 合殿 二間一間半 若 宮 八 幡 拝 殿 御供所 鳥 居 玉 垣 末社天満宮 ●中門・瑞垣・本殿(左から) ![]() ●右から) ![]() ●本殿 ![]() 其の家系詳ならざれも寛治二年(1088)の譲状に神主貞吉と見えて旧家なり 宝治二年(1248)応永五年(1398)同三十年正平二十二年(1367)寛正四年正長二年等の田券文保二年(1318)の座論等の古文書を蔵す 文書部に載す ▼▲宇賀部神社にまつわる伝説はありますか?ー宇賀部神社HPーより抜粋 一説に、当神社は神武天皇ご東征当時、紀北を支配し、紀三井寺の北の名草山あたりを本拠地としていた名草戸畔(なぐさとべ)の首級を祀るといわれています。 私たちの先祖は、首長名草戸畔を立てて、お互いに力を合わせて平和に暮らしていました。そこへ神武天皇の軍勢が攻め入り、村人たちは挙って対抗しました。船尾から潮見峠を越えたちょうどクモ池のあたりが、神武軍との戦いの場となったともされ、形勢不利になって高倉山に退却し、戦いむなしくそこで惨殺され、頭部、腹部、脚部に切り裂かれたとされています。 わが先祖たちは、嘆き悲しみ、三つに切り裂かれた名草戸畔のむくろを三つの所に懇ろに埋葬し、現代に至るまで、いつき祀ってきました。それが、頭部を祀った当社(通称 おこべさん)、そして、その南約2㎞の阪井の高倉山の南麓にある、腹部を祀った杉尾神社(通称 おはらさん)、その南西約1.5㎞の重根にある、脚部を祀った千種神社(通称 あしがみさん・ももくささん)です。 ●神社遠景 ![]() 地元では、皇軍に敵対したとのことから名草戸畔の名を隠して、大蛇として祀ってきたともいわれています。 ※△今回探訪の目的の名草姫にまつわる三神社に来ました。予想に違わず歴史を感じさせる雰囲気でした。満足です。唯、道中の道の狭さには往生しましたが・・。 ■旦来(あっそ)八幡神社 海南市1219
●一の鳥居・参道石階段 ![]() 摂社 姫神社、住吉神社、須佐神社、厳島神社、稲荷神社、恵美須神社、影向神社 ●境内拝殿前 ![]() 南北朝争乱の正平八年(一三五三)、根来寺伝法院の堂衆が乱入し、剣・弓・矢・御筆の法華経等の宝物、細川・小俟・石堂ら諸大名から贈られた土地寄進状、その他神主の私物に至るまで、いっさいを奪われた(畠山尾張守「紛失且来八幡宮色々神物等事」)。 このために鎮座年代も不詳であるが、古くは、広大な神領と四十もの末社を擁す近郷随一の大社として、代々の武将や領主たちの深い信仰を集め、ひときわ威光を放っていたという。 ●神門・瑞垣 ●摂社姫神社 ![]() ●摂社 厳島神社 須佐神社 住吉神社 ●神門・瑞垣 ![]() ●神社本殿 ![]() ■武内神社・武内宿禰産湯(たけうちのすくねうぶゆ)の井
![]() ![]() 由緒 隣りに武内宿彌誕生井がある。 この当たりで生まれたとされる。紀氏の傍系であったが、本流が途絶えたこともあって本家になった。 数代の天皇に二百年以上仕えたとされているが、子々孫々同じ名前を名乗る事は、商家、役者等にもある。 ![]() ![]() ●誕生地碑 ●瑞垣 ●本殿 ![]() ●武内宿禰産湯(たけうちのすくねうぶゆ)の井 ー境内案内板よりー 武内宿禰は「古事記」によると、第八代孝元天皇と紀伊国の日前宮を祀る紀伊国造第六代うじ彦の娘山下影媛とのあいだに生まれたという。なお、「日本書紀」では、第十二代景行天皇が皇族の屋主忍男武雄心命を紀伊国に派遣した際、命と宇治彦の娘・影媛との間に生まれたともいう。その後、武内宿禰は景行・成務・仲哀・応神・仁徳の各天皇に仕え、特に神功皇后の朝鮮半島遠征を補佐したと伝えられる。また、彼は蘇我・葛城・巨勢などの古代豪族の祖先として祀られている。 ●産湯を汲んだとされる井戸(今では長寿の水として親しまれています) ![]() ■安原八幡神社 和歌山市相坂671
●神社正面鳥居・参道 ![]() 誉田別尊、気息長足姫尊、武内宿禰 摂社 瑞穂神社・稲荷神社・織染神社・高羅神社 奥宮として武内宿禰誕生の井戸側に武内神社が建てられている。 ●割拝殿 ![]() 神功皇后三韓より御凱旋の際、忍熊王の難をさけ、難波から紀水門(安原付近)に御 到着、御子誉田別命(応神天皇)を武内宿称に護らせ、皇后みづからは更に日高郡衣奈まで迂回をして、再び安原の津田浦(小学校付近)に御上陸、頓宮を造られ御滞在なされた跡が当社である。 ●瑞垣・本殿 ![]() ![]() ●本殿 ![]() ●摂社群 瑞穂神社 稲荷神社 織染神社 高羅神社 ![]() ■(吉原)中言(なかごと)神社 和歌山市吉原
●神社正面 ![]() 名草彦命、名草姫命 境内社 天満社、八王子社 紀伊国名所図絵から ![]() 由緒 紀洲図絵に吉原の里中言大明神として、壮大な神殿の絵が残っている。名草姫を祀る本社であった。 神武東征紀で賊として殺された名草戸畔を祀っているからこそ、これほどの神殿に祀られたものであろう。ー神南備にようこそーより抜粋 ●紀伊續風土記 巻之十八 名草郡 五箇荘 吉原村から 中言大明神社 境内東西三十間 南北十八間餘 禁殺生 本 社 一間三尺 二間 二扉 拜殿 御供所廰 瑞籬 鳥居 末社 天満宮 方三尺 八王子社 方三尺 本國神名帳従四位上名草彦神名草姫神 ![]() ●境内・拝殿 ![]() ●拝殿・狛犬 ![]() 日本書紀での名で、地元では名草姫とも。また名草戸畔とは特定の人物ではなく、「名草の長」という地位を表す言葉であるという。名草邑(現在の和歌山市名草山周辺)の統治者で、東征で進軍してきたイワレヒコ(神武天皇)との戦いで戦死した。名草戸畔の死後は、代わって紀氏が紀伊を治めた。自らの家系で、名草戸畔を遠縁に位置づけることで、正当性を主張した。これは日本書紀が名草邑に着き、そこで名草戸畔という名の者を誅殺したと書いてあるのが唯一の記述である。 ●本殿 ![]() ●八王子神社 ●本社 ●天満神社 ![]() ※※今季の探訪は「神武東征紀で「賊」として殺された名草戸畔を祀っている中言神社をメインとした探訪である。 ![]() ![]() ■静火(しずひ)神社 名神大 和歌山市和田字前山855
●天霧山(薬師山)全景 ![]() 由緒 式内名神大社である。かっては竈山神社 より格式は高かったとの説がある。 伊達神社 、 志磨神社 と共に紀州三所神と呼ばれ、従って五十猛命、大屋都比売命、都麻都比売命の三神を祀る三神一連の神社との説もあった。 それよりも「木の国」の神らしく、鎮火の神として山火事から森を護る謂れがあったものと考えるのが自然である。 ![]() ●神社全景 ![]() ●神社鳥居と祠 ![]() ●田福寺横の落葉に埋もれた道 ![]() ●東側の道沿いより登り口があります。 ![]() ー神南備にようこそーより抜粋 ※2006年に訪問した時は、田福寺の西側の竹藪の中を探しまわって見つけられませんでした。今回はネットで位置もバッチリ確認してきましたが・・・、横にあるはずの道が落葉に隠れ見つけにくかったのと、通れそうにないのに、大変焦りました!! が落葉ダルマになりながら強行突破しました。そしたら神社は寺の直ぐ隣の感じで見つけることが出来ました。ヤレヤレです(^O^) 帰りは本来の東からの道で山を下りました。チョウ~!ラクチンでした。★(*^_^*)★写真クリック、大きくなります。 ■和歌山市~海南市探訪コース
8時半、天王寺自宅出発~竈山神社~彦五瀬命墓(古墳)~静火神社~吉原中言神社~安原八幡神社~武内神社(武内宿禰誕生井戸)~且来(あっそ)八幡神社~宇賀部神社(頭の宮)~杉尾神社(おはらさん)~野上八幡神社~千種神社(あしがみさん)~15時帰阪へ~自宅着17時半。走行距離180㌔ ※吉原中言神社でUターン時、車をぶつけてしまいました。初めての事です(;_:)泣き 近所の奥サンには色々神社の話を聞かせて頂き有難うございました。 ■コース地図 ■竈山神社&竈山墓 ●竈山神社 神武天皇の長兄である彦五瀬命(ヒコイツセノミコト)が祀られています。 ![]() 彦五瀬命の墓(これは古墳です)。神武東征に同行した彦五瀬命は、大阪での戦闘で大ケガをしてこの地で亡くなり陵墓が築かれたのです。亡くなる時に「賊に傷つけられて死ぬとは」と「雄叫び」んだそうで、それにちなんで神社前の県道に架かる橋は「雄叫び橋」と名づけられています。 ![]()
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